episode.1慈しみの罰が下るまで
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もし僕を裁くことができたなら
僕は一切の弁明をせずに
その罪を認めますので
どうか貴方がその罪状を決めてください。

謎の死、シスター殺害、侵入者の犯行、面白可笑しく先日の事件を記事にしたのは新聞サークルの生徒たちだ。あれだけ騒ぎになっていたのだからどれだけ迅速に対応したとしてもこのように生徒たちの口の端に上がるのは想像ができた。生徒たちの集まるありとあらゆる場所で配られている号外新聞を手にし昨日の今日で仕上げたにしては立派なものだと思わず関心してしまった。
「あぁそれか、新聞サークルは耳が早いよね」
生徒会室に備え付けられた革張りのソファに腰掛け例の号外新聞を読むマシューの後ろから覗き込むようにしてキャロルがひょっこりと顔を出した。
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やはり彼も新聞サークルがこの事件についての新聞を出すのは遅かれ早かれ予想していたようだ。彼らの仕事ぶりの善し悪しは別として、まるで誰かの妹君を思い出させるような情報収集能力の高さだ。その文章には多少の脚色がなされ面白可笑しく書かれている部分もあるがそれもまた彼らの記者としての能力だろう。
「新聞の発行を止めるように今朝のうちに話はしてきたけどこの様子じゃな」
既にほとんどの生徒たちがこの号外新聞を手にしてしまっている事だろう、とマシューは手にしていた号外を机にそっと手放した。
「俺もブレットが持っていた号外新聞をもらったんだ。ブレットは中央広場で男子生徒から貰ったそうだよ」
キャロルは愉快そうにあのブレットが文字を読んでいたという点に感動している。ブレットでさえ手にしているというのだから、本当に多くの生徒は既にこの事件を認知してしまっているだろう。まったくため息をつきたくなる現状だ。そして、何より生徒会長であるキャロルに危機感を感じたそぶりが全く見られないのも問題である。
「まったくこれだからキャロルは。私たちは生徒会なんですよ!もっとアルトルイズムであるべきです」
この事件を早く解決してこの学園に平穏をもたらさなくては!といつにも増して意気込んでいるのは職務放棄常習犯であるリュンだ。
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大方先日の司祭様の招集を受け願いを何でも叶えるという甘言に動かされているだけだろう。常に仕事を放棄し生徒会室を遊び場と思っている後輩にそう諭されたキャロルといえばアルトルイズムという言葉に頭をひねり辞書を開いている始末だ。マシューはこの状況を垣間見てソファに沈み込む自分の身体がずっしりと重たくなるのを感じ天井のシミでも数えたい気持ちに駆られるがこの状況を収められるのは自分しかいないと心の中で言い聞かせることにする。
「事件は思った以上に複雑だ、俺たちだけで解決するには人手も足りない。どうにかあいつらと協力したいけど......」
話が2転3転していくキャロルとリュンの姿を視界の隅にとらえマシューが机に広がる号外新聞を指でトントンとたたいた。
招集を受け学院に存在する聖痕をもつ者だけが集められこの事件を解き明かす権利をもつことが明かさたのはつい先日のことだ。聖痕をもつ者が14名もいたことに驚いたのは自分だけではないだろう。中には見知った顔もいたが、まさか聖痕を持っているとは知らなかった生徒もいたのだ。聖痕は多くの人から畏敬の念をもたれ、それがあることが信徒として大変誉高いことだ。そうであるのにも関わらずひた隠しにするなんて。一体どんな事情があるのかと厳格な信徒であるマシュー は疑問を感じる他ない。とはいえ、人には言いたくないことの一つや二つくらいあるものなのだから仕方がないのだと自身の左手を見つめながら気にかけるのをやめた。
「まずは早急にこの事件を解決しなくちゃな。残りの11人にも協力して事件を解決するよう伝えよう。」
未だに混沌とした空気の中まったく事件解決に役に立たない会話を繰り広げるキャロルとリュンの方を振り向きマシューは言った。



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「そうね。事件を解決するためには私たち全員で協力すべき、とても効率的ですわ」
差し出された紅茶のカップを優雅に摘み生徒会室備え付けのソファに足を組みながら腰掛けるのはカタリナだ。
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「協力は惜しみません、このような残忍な事件を解決するのも私たちの役目ですもの」
「しかしここに集められているのは全員ではないようだけれど」
はたと気づいたかのようにカタリナはじろりとキャロルを睨む。
生徒会室には現在9名の生徒が集まっていた。そのうち6名は生徒会に所属しておらず生徒会によって呼び出された者たちだ。カタリナもそのうちの1人であった。マシューの一言により生徒会は聖痕を持つ者14名が協力して事件を解決するため、まずは状況確認をとその生徒たちを生徒会室に呼び出したのだ。
「いや全員に声はかけたんだけど、ほら皆忙しいみたいだ」
カタリナの鋭い眼光を向けられたキャロルはその瞳から目を逸らし冷や汗をかきながら言い訳を述べる。全員に声をかけたのは本当のことだろう、しかし忙しいというのは言い訳にしてはよく出来ていない。大方、面倒だから来ていないか、よっぽど生徒会に反抗心をもやしているだけだろう。
「人望のなさが伺えますわ」
呆れた、と出された紅茶を飲み干したカタリナはカチャリとカップを皿に置く。
「集まらないのは仕方が無いと思うの、だってみんな個性的だもの」
くすくすと笑いながらキャロルを庇ったのはディオネだ。庇ったというより彼女の場合思ったことをそのまま口に出しただけなのだろう。そう言う彼女もかなりの変わり者なのだ。
「人望がないだなんてそんなことは無いです、生徒のために力を尽くしてくれているのは知っていますから」
くすくすと笑うディオネの横で微笑みを浮かばながら同じ容貌の彼がキャロルを強いては生徒会を庇う。もちろん、彼の場合は彼の姉とは違い彼なりに生徒会へのフォローに言葉を選んでくれたのだろう。その横でテティスはなんて優しいのかと弟想いの姉はそんな弟の言葉に感動している。
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「生徒会の皆さんにはお世話になってるし俺で良かったらなんでもお手伝いします!」
お人好しな性格はどこまでも変わらない。笑顔を浮かべながらそう答えるのはトニーだった。彼は人当たりがいいため頼まれ事も多かったが何分鈍臭いのだ。
「意気込みだけは助かりますけど」
きらきらと目を輝かすトニーを横目にリュンはボソリと数々の彼の行動を思い浮かべ呟く。その横でマシューは意気込みだけなのはお前もだと突っ込たい衝動に駆られたがぐっと堪えた。
「な、シド!」
まったく生徒会の面々からの信用がないことをよそにトニーは彼の半歩後ろに息を殺すようにして存在を消していたシドに声をかける。
「なんで僕までこんなことに協力しないといけないんだ......。勝手にやっててくれ、もし何か危険なことがあったらどうするんだ......。」
その様子を見るに彼はトニーに無理やり連れてこられたのだろう。親友の臆病な様子にトニーは慣れているようで俺がいるから大丈夫だと明るく声をかけているがシドがお前かいるから不安なんだという顔を浮かべているのは明白だ。C30B2D23-5693-4BAD-81F4-1837ECA19B65.png
「えっへん!心配いりませんよシドさん、こんな事件はドロシーロイドがあっさり解決して見せます!」
そう胸を張るのはドロシー、彼女は学院の問題組織カルペディエムに所属しているためこの場にはこないと思っていたが兄の頼みとあればこちらにも顔を出すのだろうか。彼女の情報網は確かなものであるため力になると言ってくれるならなにより助かる。
「ハロルド先輩とエイダさんはやっぱり来てないみたいですね、ハロルド先輩はこの事件はカルペディエムが解決するんだって意気込んでました」
案の定カルペディエムは独自に事件を解決したいようだ。生徒会を毛嫌いしているのだからこちらと手を組むつもりは無いだろう。だがそんなハロルドの相棒であるドロシーが今回生徒会室への呼び出しに素直に応じているのが不思議だ。しかしこの際どちらが先に解決しようが学院にとっては都合がよいのだから深く考えることはやめた。
「ラムダ先輩にもブレット先輩にも伝えたんですけど」
来てないみたいですねとリュンがキョロキョロと辺りを探す仕草をし、その横でキャロルが苦笑いを浮かべながらやっぱり呼ぶだけじゃなくて迎えに行かないと駄目だったかと諦めている。
約束の時刻からは既に5分は過ぎている。カタリナは真面目に15分以上も前から生徒会室に足を運んでいたので長い間待ちぼうけていた。見かねたマシューが用意した紅茶を飲み時間を潰していたがそろそろ眼光の鋭さにキャロルが根をあげるだろうというころ、生徒会室にドアがノックされる音が響いた。
「お待たせしちゃったかな、ちょっと立て込んでて」
そっと開いたドアからひょこりと顔を出したのはマルセルであった。マルセルは謝罪を口にしながらも大して悪びれもなくその長身でずかずかと生徒会室に入っていく。もちろんカタリナからギロリと目を向けられるがお構い無しでつんと済ましている。遅刻を咎められても意に返さない彼は手にした紙の束を生徒会室に備え付けられた机にばっと並べはじめた。
「例の事件の被害者の検死が済んだんだ。これはその資料だよ」
どうやら彼はこの資料を整理するのに遅れたようだ。


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「シスターの死因は心臓を一刺しされたことによる失血死だ」
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自身の心臓部をトントンと叩きながらマルセルは資料を説明した。
「彼女の胸には銀製のナイフが突き刺さったままだった。いわゆる凶器ってやつだね」
「遺体は礼拝堂の聖書台付近に設置されていた十字架に括り付けられていたんだったか、それなら犯人はシスターを殺害した後に括りつけたんだな」
マシューは顎に手を添えその当時の礼拝堂の様子を想像する。十字架に磔にされた死体だなんて、神への冒涜そのものだと苦虫を噛み潰したようにな顔をうかべる。
「兄さん......」
マシューは厳格な信徒である。このように神を穢すような事件を許せないのだ。ドロシーはそんな兄の手をそっと手袋をはめていない方の手で優しく掴んだ。
「推定される死亡時刻は夜だね、ナイフは彼女の正面から刺されているし抵抗した素振りもない」
マルセルが淡々と事実を明らかに説明していく。
「抵抗をしていない?外部の人間が忍び込んだなんて新聞サークルが騒いでたけど。顔見知りの犯行なら犯人は学院内の人間ってことになるよ」
スケプティックの犯行にまちがいないね、そう言うリュンの言葉にスケプティシズムとは何かまたキャロルがいそいそと辞書を漁り出す。まったく緊張感のないやつである。
「学院内に犯人がいるなんてそんなの恐ろしくて夜も眠れないぞ......」
リュンの言葉に蒼白した顔でシドが怯えている。実際この学院内に犯人がいると考えるのは妥当だが、同じ学院に通う学友を疑うよりも外部の人間の犯行であることを信じたい。
「まだそうと決まったわけじゃないだろ!手がかりを探さなきゃな」
不安そうなシドの横でトニーは気合いに満ちている。その勢いで近くの花瓶を割ってしまわないか心配である。
「ミスターバルフの言う通りですわね、各自でこの事件に関わる手がかりを探しましょう。何か有益な情報が見つかれば共有するのよ」
これ以上の推論は意味をなさないだろうとカタリナは立ち上がりお茶を用意してくれたマシューに礼を言った。ごきげんようと淑女のカーテシーを取りながらカタリナは優雅に生徒会室を立ち去った。それを皮切りに生徒たちが挨拶をのべ生徒会室を後にする。全員ではないが、協力をしてくれる生徒がいた事は助かった。
現れなかった4人だが、うちハロルドとエイダはドロシーによってこの場の状況は自ずと伝わるだろう。ブレットとラムダに至っては事件を解決する気が無さそうだが手がかりを見つける手助けはして貰えると助かる。キャロルが何とか話をつけてくれることを信じるほかない。
「ひとまず方針は固まったな」
飲み干されたティーカップを片付けマシューは一息ついた。






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「医務室のあの男がそんな情報を握っていたのか、やはり君に収集に応じるよう頼んでおいて正解だったな」
ロプツォルゴ学院のある一室はカルペディエムの生徒によって不当に占拠されていた。古城を元に設立された学院の施設は広く、使われていない教室はサークルなどに正式に貸出されるのだがカルペディエムは非公式組織であるためこうして使われていない部屋を勝手に乗っとているわけだ。面倒事に巻き込まれたくない生徒たちはこの事について黙認、また注意を受けたところで聞くような集まりでもないので彼らが不当に占拠している部屋が学院内にちらほらと存在するのだ。そんな部屋に元から備え付けられたのか何処かから持ち出してきたのかやけに立派な1人用ソファに腰かけたハロルドは同じく反対側に位置するやけに立派なソファに腰掛け足をぶらぶらと揺らすドロシーに声をかけた。
ドロシーはにやりといたずらっ子のような顔を浮かべている。
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「ハロルド先輩ってば最近退屈そうでしたしようやくおもしろい展開になってきましたねぇ」
悪巧みをする子供のような笑顔だ。彼女が生徒会からの呼び出しに応じたのは有益な情報を集めてハロルドに共有するためだ。
「人が死んでるってのに不謹慎な奴らめ、勝手にやってくれワタシのことは巻き込むなよ」
フンと鼻を鳴らしここに居るのが不服なのだとエイダが態度で示す。そんな様子にコロコロとハロルドが愉快そうに笑う。何が面白いんだかとエイダが心底嫌そうにハロルドを睨むがまったく気にしていないようだ。
「同志よ、そうむくれてくれるな」
「オマエの同志になったつもりは無い!!」
エイダは声を荒らげハロルドに対抗するがそれすらも彼の笑いを誘うようで余計に笑いだした。彼のそう言った態度が彼女は相当頭にきているようだが、彼はわざとなのか無意識なのか。騒がしくなってきた部屋の様子にドロシーはにこにこと笑みを浮かべながらハロルドの持ってきた高級菓子を摘んだ。




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たとえ昼間でも高い本棚に囲まれているためこの図書室は常に薄暗い。そんな図書室の一角には分厚い本が大量に積まれひとりの人間のためのスペースが出来上がっていた。
「夜は寮に戻るようにした方がいいよ。事件を解決しろとは言わないからせめて自分の部屋に帰ろう、物騒な事件もあったし」
ね、ラミィとそこら中に散らばる本を避けながら本に埋もれるラムダにキャロルが話しかける。
「フゥ、まったくローラは心配症でめんどくさいのだワ。ラミィは自分の部屋を覚えていマセン」
やれやれといった口調でキャロルをあしらっているが部屋を覚えていないとは一体どういう要件なのか呆れたいのはキャロルの方だ。ラムダを説得するのは無理である。
「うげーどうでもいいけど早く食堂行って今日のスペシャルチキン食べに行こうってば」
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ブレットがねぇねぇとキャロルの袖を引っ張り駄々をこねている。右と左の実年齢と行動の釣り合わない彼らにキャロルは大きなため息をついた。犯人探しの前にキャロルは日々彼らの世話をするのに精一杯なのだ。






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間違ってないのだ。
何一つ正しいのはこちらなのだと、彼らはいつ気づくのだろうか。
そして賛同し結局は神の前に跪く。
これが正解なんだから。
だってあの人がそういったんだから。
罰を与えるのはこちらなのだ。
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