episode18 はじまりの終末
心地いい目覚めとは、体温の変化によるものだと本に書いてあるのを見たことがある。
今日はじっとりと背中にかいた汗が冷たくて、それが気持ち悪かった。浅く目を閉じていたそれをこじ開けて眩しい日差しに顔を顰める。簡潔にいえば気分は酷く悪い。
あたりはとっくのとうに明るくなっていて、重たい体を起こす。
焦げるよう焼き付いた夢の記憶が何だっかは覚えていないのに、それが原因なんだとわかる。
隣のベッドを見れば、いつもいびきをかいてうるさい彼の姿が見当たらない。今日の朝の朝食当番の顔を思い浮かべてそういうことかと納得する。
また、朝が来た。
眠れない夜はとても長く、長く、暗い。
終わりのない闇が後をつけてきて、前にはもう何も無い。ただ無だけがそこにある。
昨日の夜もそうだ。
昨日も、一昨日も、その前もずっと変わらないけど。
俺にとって夜は光のない、終わりも始まりもないようなトンネルを歩き続けるだけの地獄だった。
彼女が、ランプを持って迎えに来てくれるのをずっと待っているんだ。
うっすらと彼女の顔を思い浮かべて、虚しさだけが胸に遺る。
ほんの少し聖痕にちくりとした痛みと共に、微かに鼻をくすぐるような香りが広がる。
向かいの部屋からは喧しい女の子の声とバタバタとした足音がする。
そっとその扉を開いて、階段下へと続く廊下を1人歩いた。
でも、今は。
1人じゃない。
1人じゃない。誰かが傍にいてくれるんだ。
______________
何度も何度も繰り返したその声は、また脳内に響く。
これは彼女がソレの死体を発見して叫び声をあげる時から始まる。
いや、始まりはとうに無かったのかもしれないけれど。
確かに覚えのあったのはきっと気の所為だろう。
もう、何も見ることも感じることも無くなればいいと本気で思っていた。
そろそろ疲れたな、でもこれが罰だと神様が笑ってるんだ。
ずっとずっと耳に木霊して離れないのは、罪人を罰するように唸り続ける誰かの声。
耳に劈くように叫ぶ許しを乞う獣のような声だ。
塞いでも塞いでも、耳から記憶から離れることは無い。
心の、脳の、もっと奥のその先に刻まれた僕達の叫びだろう。
チャンスはない。2度目もない。3度目だって。
1度きりだ。
生まれてきたこの瞬間に私たちは、こうなる事を定められていた。
受け入れる他ないのは、分かっている。
そこには終わりも、始まりもない。
何も無いことが恐怖だと感じない、むしろ本当に何もかも無くなることをずっと望んでいた。
今度は、もっと償おう。
もっともっと、謝ろう。
そうした所で赦しを与えられることはないだろうけれど。
そうする事でしか、自我を保つことが出来ないと思った。
熱く燃えるような痛みに襲われたあの日、僕達は罪人になった。
これはそう、そんな私たちの号哭。
叫びは空に消えていく。
だれも声を張り上げても、お空の向こうで笑ったまんまの神様には届かないんだろう。
【探索開始】
ミア・リッピンコットは何処へ行くことができる?何処へも行けないと分かったので死を選んだ。
イザベラ・リッピンコット は何処でもない何処かにいる。その苦しみを胸に抱いて苦しんで死んだ。
アーノルドは何処でもない何処かへ行きたいと願う。そんな所はないと神様に嗤われるので赦しを乞うた。
ペルセイは何処もかしこも覚えていなかった。またはじまりを告げる合図に悲鳴をあげた。
フロイドは何処かを探した。何処にもないので、懺悔を繰り返した。隠した犯人は自分だった。
ガルシェは何処かに身を隠した。もう誰にも見つからないように死を選んだ。
リンダは何処かへ何処へも行かない。今日は懺悔。明日は死。明後日は懺悔。
ローワンは何処か遠くへ。彼女と。皆と。願うことすら許されないと悟るのはまた次回。サヨナラ。
セレーネは諦めた。渇望のない明日を。
【探索終了】
神よ!
お赦しください!
この罪を!
ある日ある朝、僕達のシスターが死んでいた。
礼拝堂のど真ん中、微笑む彼女はマリア様のようで。
どうか安らかにお眠り下さい。
貴方はこの真実に辿り着ける?
答えはそう、輪廻の先にあるよ。
そこへ行こう。
おいでって彼女が手招きしているから。
手を繋いでそちらへ行ったらいい。
そこに出口はない。
入口もないから。
ただ、迷子にはならないよう。
その先の世界を、見て。
嗤って。泣いて。苦しんで。絶望して。
それでまた、死を選んでみせて。
何度も何度もやり直して見せて!
ここにハッピーエンドはないけど、
バッドエンドも用意してないの。
それが罪。
それが償い。
本当の過ち。
繰り返す時の世界で永遠に覚めることの無い幸福な夢をあげる。
その顔はきっと神様を喜ばせるから。
彼女の名前を呼んで。
「シスター!」
何処でもない何処か。[クリック]
「おい、こっちだ」
「見てみろよ……酷いもんだぜ」
馬の蹄がぱからぱからと気持ちいい音を立てる。今では少々古い馬車が道の悪いことに悲鳴をあげてがらがらと音がしていた。男の声が響く。誰も知らない、2人組の男。格好をみるに、村人だろうか。
「此処にこんな教会があったのか?俺ははじめて知ったね」
「驚くべきなのはその奥だよ」
やめて。入ってこないで。
僕達の思い出を踏み荒らさないで。
木々が揺れる。その光景はひどく不気味だ。
「恐ろしいものだよ、未だにこんなものがあるなんて……」
礼拝堂の扉を開ける。
そこにあったのは異常なほどの異臭を放つ9人の子供たちの腐りかけた死体。何度も何度も傷ついたかのように、その身体は人それぞれではあるが多くの傷がある。すべて許しを乞うかのようにその指を中心に絡めて安らかに微笑みながら死んでいるのだ。
あまりの恐怖にもう1人の男がひっと声をあげて逃げ去っていく。それを追いかけるように逃げ腰の男がまた1人走っていく。
瞬く間に、その教会の話は拡がっていた。
街に蔓延る噂話。黒いベールの女が、悪い子供を森の奥の教会に攫っていくのよ。
そんな噂話を思い出した。
何処にだってあるようなそんな噂話。
子供に言うことをきかすための、そんな言い文句。
恐いなら確かめればいい。気になるなら迎えに行くよ。
どこかで女の声がする。
焼けるように体の痣が痛む。
ノックがするんだ。地獄への招待が。
end……
スティグマ 【stigma】
個人に非常な不名誉や屈辱を引き起こすもの。 他者や社会集団によって個人に押し付けられた負の表象・烙印。
8つの贖罪を象徴する悪魔たちの血を色濃く継ぎし者達。
彼らは何処にだって現れる。何度も。
next→coming soon
「罪人は永久に」
「消えない罪を此処に」
STIGMA:II
来春企画始動開始予定
心地いい目覚めとは、体温の変化によるものだと本に書いてあるのを見たことがある。
今日はじっとりと背中にかいた汗が冷たくて、それが気持ち悪かった。浅く目を閉じていたそれをこじ開けて眩しい日差しに顔を顰める。簡潔にいえば気分は酷く悪い。
あたりはとっくのとうに明るくなっていて、重たい体を起こす。
焦げるよう焼き付いた夢の記憶が何だっかは覚えていないのに、それが原因なんだとわかる。
隣のベッドを見れば、いつもいびきをかいてうるさい彼の姿が見当たらない。今日の朝の朝食当番の顔を思い浮かべてそういうことかと納得する。
また、朝が来た。
眠れない夜はとても長く、長く、暗い。
終わりのない闇が後をつけてきて、前にはもう何も無い。ただ無だけがそこにある。
昨日の夜もそうだ。
昨日も、一昨日も、その前もずっと変わらないけど。
俺にとって夜は光のない、終わりも始まりもないようなトンネルを歩き続けるだけの地獄だった。
彼女が、ランプを持って迎えに来てくれるのをずっと待っているんだ。
うっすらと彼女の顔を思い浮かべて、虚しさだけが胸に遺る。
ほんの少し聖痕にちくりとした痛みと共に、微かに鼻をくすぐるような香りが広がる。
向かいの部屋からは喧しい女の子の声とバタバタとした足音がする。
そっとその扉を開いて、階段下へと続く廊下を1人歩いた。
でも、今は。
1人じゃない。
1人じゃない。誰かが傍にいてくれるんだ。
______________
何度も何度も繰り返したその声は、また脳内に響く。
これは彼女がソレの死体を発見して叫び声をあげる時から始まる。
いや、始まりはとうに無かったのかもしれないけれど。
確かに覚えのあったのはきっと気の所為だろう。
もう、何も見ることも感じることも無くなればいいと本気で思っていた。
そろそろ疲れたな、でもこれが罰だと神様が笑ってるんだ。
ずっとずっと耳に木霊して離れないのは、罪人を罰するように唸り続ける誰かの声。
耳に劈くように叫ぶ許しを乞う獣のような声だ。
塞いでも塞いでも、耳から記憶から離れることは無い。
心の、脳の、もっと奥のその先に刻まれた僕達の叫びだろう。
チャンスはない。2度目もない。3度目だって。
1度きりだ。
生まれてきたこの瞬間に私たちは、こうなる事を定められていた。
受け入れる他ないのは、分かっている。
そこには終わりも、始まりもない。
何も無いことが恐怖だと感じない、むしろ本当に何もかも無くなることをずっと望んでいた。
今度は、もっと償おう。
もっともっと、謝ろう。
そうした所で赦しを与えられることはないだろうけれど。
そうする事でしか、自我を保つことが出来ないと思った。
熱く燃えるような痛みに襲われたあの日、僕達は罪人になった。
これはそう、そんな私たちの号哭。
叫びは空に消えていく。
だれも声を張り上げても、お空の向こうで笑ったまんまの神様には届かないんだろう。
【探索開始】
ミア・リッピンコットは何処へ行くことができる?何処へも行けないと分かったので死を選んだ。
イザベラ・リッピンコット は何処でもない何処かにいる。その苦しみを胸に抱いて苦しんで死んだ。
アーノルドは何処でもない何処かへ行きたいと願う。そんな所はないと神様に嗤われるので赦しを乞うた。
ペルセイは何処もかしこも覚えていなかった。またはじまりを告げる合図に悲鳴をあげた。
フロイドは何処かを探した。何処にもないので、懺悔を繰り返した。隠した犯人は自分だった。
ガルシェは何処かに身を隠した。もう誰にも見つからないように死を選んだ。
リンダは何処かへ何処へも行かない。今日は懺悔。明日は死。明後日は懺悔。
ローワンは何処か遠くへ。彼女と。皆と。願うことすら許されないと悟るのはまた次回。サヨナラ。
セレーネは諦めた。渇望のない明日を。
【探索終了】
神よ!
お赦しください!
この罪を!
ある日ある朝、僕達のシスターが死んでいた。
礼拝堂のど真ん中、微笑む彼女はマリア様のようで。
どうか安らかにお眠り下さい。
貴方はこの真実に辿り着ける?
答えはそう、輪廻の先にあるよ。
そこへ行こう。
おいでって彼女が手招きしているから。
手を繋いでそちらへ行ったらいい。
そこに出口はない。
入口もないから。
ただ、迷子にはならないよう。
その先の世界を、見て。
嗤って。泣いて。苦しんで。絶望して。
それでまた、死を選んでみせて。
何度も何度もやり直して見せて!
ここにハッピーエンドはないけど、
バッドエンドも用意してないの。
それが罪。
それが償い。
本当の過ち。
繰り返す時の世界で永遠に覚めることの無い幸福な夢をあげる。
その顔はきっと神様を喜ばせるから。
彼女の名前を呼んで。
「シスター!」
何処でもない何処か。[クリック]
「おい、こっちだ」
「見てみろよ……酷いもんだぜ」
馬の蹄がぱからぱからと気持ちいい音を立てる。今では少々古い馬車が道の悪いことに悲鳴をあげてがらがらと音がしていた。男の声が響く。誰も知らない、2人組の男。格好をみるに、村人だろうか。
「此処にこんな教会があったのか?俺ははじめて知ったね」
「驚くべきなのはその奥だよ」
やめて。入ってこないで。
僕達の思い出を踏み荒らさないで。
木々が揺れる。その光景はひどく不気味だ。
「恐ろしいものだよ、未だにこんなものがあるなんて……」
礼拝堂の扉を開ける。
そこにあったのは異常なほどの異臭を放つ9人の子供たちの腐りかけた死体。何度も何度も傷ついたかのように、その身体は人それぞれではあるが多くの傷がある。すべて許しを乞うかのようにその指を中心に絡めて安らかに微笑みながら死んでいるのだ。
あまりの恐怖にもう1人の男がひっと声をあげて逃げ去っていく。それを追いかけるように逃げ腰の男がまた1人走っていく。
瞬く間に、その教会の話は拡がっていた。
街に蔓延る噂話。黒いベールの女が、悪い子供を森の奥の教会に攫っていくのよ。
そんな噂話を思い出した。
何処にだってあるようなそんな噂話。
子供に言うことをきかすための、そんな言い文句。
恐いなら確かめればいい。気になるなら迎えに行くよ。
どこかで女の声がする。
焼けるように体の痣が痛む。
ノックがするんだ。地獄への招待が。
end……
スティグマ 【stigma】
個人に非常な不名誉や屈辱を引き起こすもの。 他者や社会集団によって個人に押し付けられた負の表象・烙印。
8つの贖罪を象徴する悪魔たちの血を色濃く継ぎし者達。
彼らは何処にだって現れる。何度も。
next→coming soon
「罪人は永久に」
「消えない罪を此処に」
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来春企画始動開始予定
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