episode14 たとえこの身が朽ち果てようとも
手に握られているのは握りこぶし2つ分程度の大きさの石だった。渡り廊下は中庭に設置されていて、隣にあった丁度いいものを手に取った。
ずっと、彼女にかける言葉が見つからなかった。何かに怯えていて、何かに苦しんでいるのは分かっていた。それは、俺もおなじだったから。
彼女のために何ができるか考えたんだ。幸せになりたいなんて願いならそれは無理だと思ったが、楽になりたいという願いなら叶えてやれる気がした。それが、俺たちに残された道なんだろう。
動かなくなったソレをみても、俺はまだ彼女のことを好きだと思う。顔じゃない、お前の全てが……。
そう言葉にできたなら少しは彼女を救うことができたのか。
でも、言葉にすれば陳腐なものになりそうで怖かった。
言葉にすれば欲しいと願ってしまいそうなのが恐ろしかった。
それなら、いっそ。
「狡い女だな、本当はお前さ……」
頭のいい彼女のことならとっくのとうに気づいていたのかもしれない。いや、変なところで鈍感なのだから全く気づいていなかったかも。
それでも、近くにいられれば心地良さに身を委ねてずっとこのままでいいと思ったのに。罪人である俺たちにはどうもそんな幸せは待っていなかったらしい。
「それもそうか、俺は……」
「俺も……」
死ぬのが怖いのは本当だった。
双子の銃声を聞いた時、身体が咄嗟に動いたのだって本当だ。あれがリンダじゃなくなって俺はそこに居ただろう。あの時のことを思い出せばそこに留まり続けることができなかった。
恐ろしくなって、上を目指して階段を登って行ったが朝日の光を浴びた時に思ったんだ。この先も、ずっとこの光を浴びながら生きていくのは俺には無理なんだと。
冷たくなった彼女の手を握りしめて、縋り付くようにして呟いた。
「ごめん、ごめんな……」
ごめん。ごめん。
彼女に対する謝罪なのか、それとも神に対する懺悔か。どちらにせよ手遅れだった。
肩の痛み、出血量もそこそこで先程から視界が白く弾け始める。自分の限界が近づいているのが分かった。
気にかかるのは、先に行った3人の事だった。
どうか、生きていくなんて選択肢を彼らが選ばないことを願う。その先に待つのはきっと死よりも重い地獄なんだ。全員の死を抱えたまま罪人の自分が生きるなんて許されていいはずが無い。
そんな苦しみの中に生きていくのは何よりも重い罰だ。そんなことは、きっと全員が気づいていて、それでも踏み切れないのは死ぬのが怖いから。その勇気を何処かに探しているんだろう。
「……このままじゃ、嫌か」
ふと、潰れた彼女の顔をみる。
既に三つ編みがほどかれ彼女の波打つ髪が広がっている。そっと彼女の服のポケットからレースのハンカチを取り出してその顔にかけた。
「ベールじゃなくて、ごめんな」
静かに、ゆっくりと、彼女に顔を近づけた。レースのハンカチは真っ白で彼女は花嫁のようで。
どこが鼻かも、口かも分からなくなってしまったそれのおでこに口付けた。
ハンカチ越しなんて、意気地無しって怒るかな。顔を真っ赤にして怒るかも。
零れ出したのはそんな笑みじゃなくて涙だった。もう二度と、その声を聞くことができない事に後悔していたんだ。
今更、欲しいと思った。
初めて、何かが欲しいと思ったんだ。
たとえ、お前がお姫様だって、悪い魔女だって。俺ならお前を攫っていくのに。
それなら、罪人のままだって悪くない。盗賊になってその罪で磔にされても俺は胸をはれるよ。
冷たくなった彼女を前にして、そんな後悔が溢れ出していく。全て無意味なことなのに。
だんだんと、彼女への欲が溢れ出すそんな自分に恐怖を抱いた。
恐ろしかった。アイツらみたいに何もかも奪い去っていくそんな人間になりたくなかった。いや、元々罪人の自分はそれ以下だったのか。滑稽な話だよ。
痛む肩を抑えて、彼女の動かなくなったその身体を礼拝堂の扉に腰掛けさせた。
少し待ってて。
そうして、ひきずる足で意識が朦朧とする中ずるずると教会の倉庫に向かった。
___________
ジャバジャバと音がする。匂いは酷く臭い。それでも、今は無我夢中で何も気にならなかった。
教会中にまいたのは油だった。
「これでいい」
「これなら」
これなら、何も欲しくない。
欲しいものを無くしてしまえば欲しいものが何も無くなるんだ。
彼女のことも、友達も、シスターも、思い出も。
俺には勿体ないから。
全てに火をつけた。
爆発的に広がる炎が爛々と燃えている。不思議と恐怖はなかった。このまま、焼けていくのも悪くないだろ。
彼女の隣なら。
冷たい手が握り返してくることはない。それが俺の罪なんだ。欲しがりの俺の罪だ。
熱さに身を焼かれて死んでいくのが、俺の罪だ。
でも、俺はそれでも幸せだったと思うんだ。楽しかったんだ。この日々が。
たとえ仮初でもいいよ。それでも。
俺の中では本当になるんだ。
目を閉じた。
肩が痛む。身体が熱い。
思い出のあの声がする。俺を恨む声が。
その時、彼女の手が俺の手を優しく包み込んだ気がした。
__________
あの子の、顔がいつも俺を苦しめるんだ。
朝がもっと早く来るのを願っていた。
夜は酷く長い悪夢を見るから。
あの子の声が耳から離れなくて俺はそれが怖くて恐ろしくて。
でも心のどこかでいつかはきっとその声も消えるんだと思ってたんだ。
幸せになれる、って信じてたんだ。
いや、本当はずっと昔から諦めていたのかもしれない。
それに全て答えをだすには、俺はまだまだ世界を知らなかったんだと思う。世界が広いのを知っていたのに世界が広いのを見たことはなかった。
汚い世界しか知らなくて、でも俺の知らない世界がきっとあってそれは輝いていて。それをいつか見ることだってこの先あるんだと思っていたけど。
どうも、人生というのは思うままにならないらしい。
いつだって胸の底にドロドロとした汚い感情が渦巻いていて自分が幸せになろうとするのを足止めしていた。
罪人、その2文字で何をそんなに怯えるんだと笑う人がいるかもしれない。
でも俺には、重い言葉だった。
世界に祝福されない者として生きていくなんて拷問だろ。
そんな中で、見つけたアイツの笑顔だけはあんなにも……。
守ってやりたいものだったのに、結局この手で守れるものは何一つない。ただ、壊さないようにこれ以上。
そのために、壊すんだ。
馬鹿だよな。
そんなのずっと前から分かってるんだよ。
next……
彼は強欲
何かを欲しがるようなその貪欲な心をなくすように
手に握られているのは握りこぶし2つ分程度の大きさの石だった。渡り廊下は中庭に設置されていて、隣にあった丁度いいものを手に取った。
ずっと、彼女にかける言葉が見つからなかった。何かに怯えていて、何かに苦しんでいるのは分かっていた。それは、俺もおなじだったから。
彼女のために何ができるか考えたんだ。幸せになりたいなんて願いならそれは無理だと思ったが、楽になりたいという願いなら叶えてやれる気がした。それが、俺たちに残された道なんだろう。
動かなくなったソレをみても、俺はまだ彼女のことを好きだと思う。顔じゃない、お前の全てが……。
そう言葉にできたなら少しは彼女を救うことができたのか。
でも、言葉にすれば陳腐なものになりそうで怖かった。
言葉にすれば欲しいと願ってしまいそうなのが恐ろしかった。
それなら、いっそ。
「狡い女だな、本当はお前さ……」
頭のいい彼女のことならとっくのとうに気づいていたのかもしれない。いや、変なところで鈍感なのだから全く気づいていなかったかも。
それでも、近くにいられれば心地良さに身を委ねてずっとこのままでいいと思ったのに。罪人である俺たちにはどうもそんな幸せは待っていなかったらしい。
「それもそうか、俺は……」
「俺も……」
死ぬのが怖いのは本当だった。
双子の銃声を聞いた時、身体が咄嗟に動いたのだって本当だ。あれがリンダじゃなくなって俺はそこに居ただろう。あの時のことを思い出せばそこに留まり続けることができなかった。
恐ろしくなって、上を目指して階段を登って行ったが朝日の光を浴びた時に思ったんだ。この先も、ずっとこの光を浴びながら生きていくのは俺には無理なんだと。
冷たくなった彼女の手を握りしめて、縋り付くようにして呟いた。
「ごめん、ごめんな……」
ごめん。ごめん。
彼女に対する謝罪なのか、それとも神に対する懺悔か。どちらにせよ手遅れだった。
肩の痛み、出血量もそこそこで先程から視界が白く弾け始める。自分の限界が近づいているのが分かった。
気にかかるのは、先に行った3人の事だった。
どうか、生きていくなんて選択肢を彼らが選ばないことを願う。その先に待つのはきっと死よりも重い地獄なんだ。全員の死を抱えたまま罪人の自分が生きるなんて許されていいはずが無い。
そんな苦しみの中に生きていくのは何よりも重い罰だ。そんなことは、きっと全員が気づいていて、それでも踏み切れないのは死ぬのが怖いから。その勇気を何処かに探しているんだろう。
「……このままじゃ、嫌か」
ふと、潰れた彼女の顔をみる。
既に三つ編みがほどかれ彼女の波打つ髪が広がっている。そっと彼女の服のポケットからレースのハンカチを取り出してその顔にかけた。
「ベールじゃなくて、ごめんな」
静かに、ゆっくりと、彼女に顔を近づけた。レースのハンカチは真っ白で彼女は花嫁のようで。
どこが鼻かも、口かも分からなくなってしまったそれのおでこに口付けた。
ハンカチ越しなんて、意気地無しって怒るかな。顔を真っ赤にして怒るかも。
零れ出したのはそんな笑みじゃなくて涙だった。もう二度と、その声を聞くことができない事に後悔していたんだ。
今更、欲しいと思った。
初めて、何かが欲しいと思ったんだ。
たとえ、お前がお姫様だって、悪い魔女だって。俺ならお前を攫っていくのに。
それなら、罪人のままだって悪くない。盗賊になってその罪で磔にされても俺は胸をはれるよ。
冷たくなった彼女を前にして、そんな後悔が溢れ出していく。全て無意味なことなのに。
だんだんと、彼女への欲が溢れ出すそんな自分に恐怖を抱いた。
恐ろしかった。アイツらみたいに何もかも奪い去っていくそんな人間になりたくなかった。いや、元々罪人の自分はそれ以下だったのか。滑稽な話だよ。
痛む肩を抑えて、彼女の動かなくなったその身体を礼拝堂の扉に腰掛けさせた。
少し待ってて。
そうして、ひきずる足で意識が朦朧とする中ずるずると教会の倉庫に向かった。
___________
ジャバジャバと音がする。匂いは酷く臭い。それでも、今は無我夢中で何も気にならなかった。
教会中にまいたのは油だった。
「これでいい」
「これなら」
これなら、何も欲しくない。
欲しいものを無くしてしまえば欲しいものが何も無くなるんだ。
彼女のことも、友達も、シスターも、思い出も。
俺には勿体ないから。
全てに火をつけた。
爆発的に広がる炎が爛々と燃えている。不思議と恐怖はなかった。このまま、焼けていくのも悪くないだろ。
彼女の隣なら。
冷たい手が握り返してくることはない。それが俺の罪なんだ。欲しがりの俺の罪だ。
熱さに身を焼かれて死んでいくのが、俺の罪だ。
でも、俺はそれでも幸せだったと思うんだ。楽しかったんだ。この日々が。
たとえ仮初でもいいよ。それでも。
俺の中では本当になるんだ。
目を閉じた。
肩が痛む。身体が熱い。
思い出のあの声がする。俺を恨む声が。
その時、彼女の手が俺の手を優しく包み込んだ気がした。
__________
あの子の、顔がいつも俺を苦しめるんだ。
朝がもっと早く来るのを願っていた。
夜は酷く長い悪夢を見るから。
あの子の声が耳から離れなくて俺はそれが怖くて恐ろしくて。
でも心のどこかでいつかはきっとその声も消えるんだと思ってたんだ。
幸せになれる、って信じてたんだ。
いや、本当はずっと昔から諦めていたのかもしれない。
それに全て答えをだすには、俺はまだまだ世界を知らなかったんだと思う。世界が広いのを知っていたのに世界が広いのを見たことはなかった。
汚い世界しか知らなくて、でも俺の知らない世界がきっとあってそれは輝いていて。それをいつか見ることだってこの先あるんだと思っていたけど。
どうも、人生というのは思うままにならないらしい。
いつだって胸の底にドロドロとした汚い感情が渦巻いていて自分が幸せになろうとするのを足止めしていた。
罪人、その2文字で何をそんなに怯えるんだと笑う人がいるかもしれない。
でも俺には、重い言葉だった。
世界に祝福されない者として生きていくなんて拷問だろ。
そんな中で、見つけたアイツの笑顔だけはあんなにも……。
守ってやりたいものだったのに、結局この手で守れるものは何一つない。ただ、壊さないようにこれ以上。
そのために、壊すんだ。
馬鹿だよな。
そんなのずっと前から分かってるんだよ。
next……
彼は強欲
何かを欲しがるようなその貪欲な心をなくすように
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