episode11 剥き出しの心臓
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自分の手にはナイフが握られていた。

銀のナイフだ。

酷く冷たい無機質なそれには生々しい鮮血がべっとりとついていてぽたぽたと地面へ落ちていく。眼下には、ストロベリーブロンドが広がっていてもっともっと濃い赤だって海のように底に転がり込んでいる。

その光景はどこかで見たようなある1人の聖母の姿にそっくりで吐き気を催す。即座に理解することが出来ずにただ自分の手の中に光るそれを見つめていた。





___________



「セレーネ……?」

彼女から呼吸の音が聞こえない。
名前を呼んでも瞼ひとつ動かさない。

どうして彼女の死のワルツをだれも止めなかったのか。
あまりにも美しすぎたその演出に足がすくんだなんて言い訳後からどれだけ言ったところで遅いのだ。
溢れ出したミルクを嘆いても時すでに遅し。彼女が息を引き取るすべを泣き喚きながら見ることしかできない。

「起きろ、おい、おい!おい!」

倒れこんだ彼女の肩を掴みゆらゆらと揺さぶるのは彼女のことを毛嫌いしていたフロイドだった。その目には初めて涙が伺える。

「やめろよ、もう……」

目の前が真っ暗になって、それでも紫の彼の行動に釘を刺すように声をかけたのはローワンだった。
彼の肩に手を置きふるふるとその首を横に振って言った。

彼女の一連の死を見ていたのだ。
彼女は自分の罪に耐えきれなかった救いを求めたのだ。

その痛みに。
それを同じ罪人である自分たちが否定することも、止めることもできない気がしていた。

「あ……。な、んで……」

「まだ私、アンタに……
ちがう、ちがうこんなの……」

その場で違う違うと受け止めきれない現実を目の辺りにしたリンダが混乱し
その場で子供のようにブツブツとそれを否定する。

そんな状況を見かねてペルセイが彼女の肩を擦り落ち着かせようとするが、それでも何も言うことが出来ずにいた。

ただ目の前の光景があの時と重なって酷く胸が痛む。
本当に……。
こんなの違う、こんな結末誰が望んだの。

あるのはただ絶望だけだった。

ここから先は断崖絶壁。
海の底に沈む他ないのだと見せつけられた気分だった。
これからどうしたらなんて未来の話をすることなんてできない。

目の前には沢山の拷問器具たちが並んでいて僕達を嘲笑うかのように誘ってこちらにおいでって手招きしてたんだ。
不気味に笑うそれが目に焼き付いて次に脳裏に浮かぶのは彼女の背中に広がる真っ赤な血溜まり。

連想ゲームのようにシスターのあの姿が浮かんでいく。

恐怖。
戦慄。

そんな言葉が自身の心を蝕んでいくのを感じる。

逃げなきゃ。
ここから逃げなきゃ。

でも、何処に。
行先なんて何処にも。

それでも、僕は。
いや、もう俺は。
どうしたら、私は。

もう答えは……。








_______………







「俺が殺したんだ。」

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「セレーネちゃんを殺したのは俺なんだ。
俺が刺したんだ。彼女のことを刺したのは」

罪の意識とは簡単に植え付けられていく。
自分が殺したんだって思えば思うほど俺が罪人であることに納得していく。
いや、それは……。
きっと……。

彼女が死に罪の救いを求めたのなら。
それなら、きっと俺だって同じだよ。

この苦しみから逃れる方法が死だっていうのなら、彼女の後について行くように
俺だって

____そう思ったら目の前に映るのは汚れた棚の中に並べられた小さな小さな小瓶だった。

その正体が何かは何となくだが想像がついた。

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隣に並ぶ瓶には毒々しい色がした何かが入っていて、またその隣には生物のラベルが貼られた小瓶があった。
この部屋には人を殺すための道具しかない。

ならばこの小瓶の正体は毒だろう。
そう確信があった。

どうせ死ぬなら苦しむ方がいい。
うんと痛い方がきっと彼女も許してくれるんだ。
そう思いたかった。
そうでなければ許されない気がした。

本当は何に許しをこえばいいのかさえもう分からなかった。
何も分からないからこそ、それに手を伸ばしたんだ。思考という絡まる蔦から逃げたかった。







だから、それを俺は。
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口から流し込んでいく。

勘は悪くない方だと思う。
きっと酷く痛い、猛毒の部類に入る物を呑み込んだんだろう。

すぐに視界がぱちぱちと白い光で埋め尽くされていく。
身体の痺れから始まって、息を吸う度に肺が傷んでいく。即死効果のあるものだったのだろうか。

視界が白い光で埋めつくされていく中、
目の痛みを感じてそっと痺れて動かない手で目を無理やり擦った。…



痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

目からはぽたぽたと血がこぼれ出して、耳や鼻、次には口からも血が流れ始める。
体が内側から破壊されていくのが感じる。
ゴボゴボと何かが身体の中で弾けて飛んでグチャグチャになる音がする。

呼吸をする度に喉がやけるように痛くて肺が壊れていくのを感じた。
痛みだけが救いだった。 この痛みは彼女の痛みだ。
俺の罪だ。
そう思えば、この痛みだって……。

遠くで誰かが俺の名前を呼ぶんだ。

もう声でさえ、遠く聞こえなかった。

許せない。
許せなかった。何もかも。
それなのに最後まで許しをこうように苦しんでいたのは俺だった。


醜い俺だったよ。


全員がセレーネの死に気を取られていた間、ガルシェは呻き声を上げながら倒れ込んだ。

その姿に驚きを隠せずに悲鳴が上がる。
彼らがガルシェの元に駆け寄るが、その声が彼に届くことはもうないだろう。

既に聴覚も視覚も、意識すら彼には残っていなかった。






____________





最後まで神とやらに振り回されるだけの人生だった。
生まれた時から罪人であると決めつけられていたなんて。

どん底にいたんだ。ずっとずっと地獄の底にいたんだ。最低の人生だった。
誰にも愛されずに、誰にも認められずに、生贄だとか、神の子だとか、罪人だとか、そんな形だけの名前で呼ばれることで己を殺して生きてきたのだ。

もう今更何処に落ちていくことができた?
これ以上はもう耐えられなかったんだ。

どっちにしろ、報われなかったのにアレに対してどんなに醜い感情をぶつけた所で結局は全て己自身に返ってくることを知った。その時にはもう、今度は上さえ見上げることができなくなって。

いつしか青い空の下爆弾が飛び交うあの場所で、疲れたこの身に安らぎを与えてやろうとしたことがあった。アイツが現れて、希望さえ与えなければきっと今こんなに苦しむことなんてなかったのに。どうしてこんなに悲しい想いをしなくちゃならないのかと理不尽に涙を流すことはなかったんだ。

最後にサヨナラくらい言っておけばよかった。
ごめんねくらい伝えておけばよかった。

たった1人心を開いた友人の姿。
聖痕を抱えた彼らの姿が浮かんでいく。短い間だったのに、どうしてか彼らの姿が酷く自分の胸を焦がすのはきっと同じ罪人だったからなのだろうか。彼らのことは本当に……。

あぁ。

もうどこにも行けないよ。

そうずっとずっと地の底で吐いた。本当は彼女の手が差し伸べられるのを待っていたはずなのに、俺は彼女のその体を埋めて二度と出てこないようにと蓋をした。仮初の心が満たされる気がした。

あぁ、でも今こんなことになるなら。

言葉は届かない。ずっと望んでいた救いとやらがやってきた所でこの胸に残った熱い怒りは消えることはない。

ねぇ。

シスター。

本当は……。

next………



























彼は憤怒

貴方が身を狂わすほどの怒りに囚われないように。


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