episode.5 奈落の王様
階段を降りていった先には鉄の扉があった。鍵はなくただ、少し重い扉でぐっと体全体を使って押し出すようにしなければ開かなかった。
_______
「........!」
その先に広がる光景は、まさに。
ドクドクと心臓が高鳴るのを感じる。それは恐怖か興奮か、嘲りか。
いくつかの扉がある。暗くどんよりとした廊下には本棚やインテリアがぽつぽつとその存在を主張している。灯りをともさなければ前に進むことが困難なほど暗い。地下室特有の独特の湿気で空気がしっとりと冷たい。
「ここはいったい........」
正体のつかめない霧の中に包まれているようだった。
外は今頃、太陽が沈みかけている頃だろうか。
まずは、この地下室を調べる必要がある。
ここに来てから妙な感覚が続く。聖痕が熱く燃え上がり痛いと思った。こんなにも痛むことは今までに1度もなかった。胸を抑えながらまずはこの地下室を調べる作業に取り掛かった。
【探索開始】
2日目
セレーネは書庫の様な所に来た。本棚にはすべて聖書が置いてある。あれだけ慣れ親しんで読んだ聖書も今は酷く不気味に思える。中には1冊だけ血塗れの聖書があった。
ガルシェのもつ蝋燭のあかりがフッと消えた。暗く先の見えない地下室がたちまち恐ろしく思える。これ以上前にすすむのよそう。
ミア・リッピンコットは書庫の様な所に来た。本棚にはすべて聖書が置いてある。あれだけ慣れ親しんで読んだ聖書も今は酷く不気味に思える。中には1冊だけ血塗れの聖書があった。
「絵本が一冊もない……」
そこにあるのは君の悪い聖典だけだ。
イザベラ・リッピンコットは???の部屋を見つけた。
ガチャガチャとドアノブを回しても扉が開く気配がない。
「鍵がかかっているわ」
イザベラは呟いた。
アーノルドは見つけた。これは先月、外へ旅立ったジョンの靴だ。シスターから貰ったもので、自分の宝物なんだと言って毎日ピカピカになるくらい磨いていた。なぜこんなところに?
ローワンは辺りに灯をともした。壁一面には不気味な絵が描かれている。子供が描いたような落書きにも見えるがこれは……悪魔の絵?シスターはこの地下の存在をどうして教えてくれなかったのだろう。気が狂いそうなほど静かだった。
フロイドは立ち止まった。これは一昨年だったか、外へ旅だったエミリーのネックレスだ。シスターから貰ったもので、毎日のように付けていた。下の子からおねだりされてもこれだけはあげられないのと言っていたっけ。どうしてここに?
ペルセイとリンダは暗い通路の突き当たりまできた。暗くて良くは見えないが、奥底に何かがあるように見えた。
二人が灯りを灯すと、そこに小さな洞穴がある事に気づいた。
今更何があってもおかしくは無い。
と頭では割り切っていた物の、この先を知るのがどうしようもなく怖くて仕方がない。
洞穴の中はどうなっているのか、全て見ておかなくてはならない。義務感なのかはたまた探究心なのか、知らなくて良かったものを追おうとする自分達の先には後悔しかないのではないかと考える。
今更立ち止まる事は出来ない。貪欲な私達は全てを知ろうと藻掻く。まるで誰かに操られるかのように、そっと奥を除く。
子供が少し屈んで入る程度の狭さの入口を潜ると
そこには異様な光景が広がっていた。
壁面にはギッシリと隙間なく埋められている骨。何十人もの骨。整列された頭蓋骨に、古ぼけた木箱には乱雑に詰められた骨。
人間の骨だ。
綺麗に陳列された骨は、誰かしらに管理されていた事を物語っていた。
考えたくもなかった。
自分達がのうのうと生活していた水面下には、こんなにもおぞましいものが眠っていたのだと思うと。自分達の踏みつけていた足元は深い泥沼で、知らぬ間に、深く深くへと沈んで行きいずれは喉元まで浸りきってしまう事に私達は気づかなかった。
混乱していた頭でただ1人、明確にいや薄らと、犯人は絞られていた。
【探索終了】
どんどんと積み重なっていく。噴火前の火山の如くそこには疑問と恐怖だけがつのっていく。
「もう少し、もう少しで何かが分かりそうな気がするんだ」
そう考え込むペルセイの顔には疲労がみえる。
あまりに唐突過ぎたこの今の現状に誰も追いついていけていないのだ。早足に何度も転んで必死になってここに立っている、そんな気迫が子供たちからは感ぜられる。
「扉の鍵より先にまずは、あの部屋の........地下墓地じゃないの。あんなにたくさんの骸骨見たことがない」
気持ち悪いほどにギュウギュウに敷き詰められていたものの正体はすべて骨だったのだ。
それは、均等に、計画的に、並べられた大量の骨だった。人の骨なのだ。中には、その頭部の骸骨がもはや人の形を保っていないような形状のものも垣間見えた。
眼孔のないあの大きな穴がすべてこちらを覗いているようだった。おぞましい光景に心がおかされる。
開けた扉の先は丸い部屋でそれを取り囲むように壁一面すべてに骨が引き詰められていた。なぜ墓地があるのか。部屋の中央にぽつんとそれらを慈しみ許しを与えるかのように存在していた十字架が何だか憎憎しいとすら思えた。
「........ここに何があるって言うのよ」
リンダはこの得体の知れない恐怖も言い知れない怒りもどこにぶつければいいのか分からなかった。
大丈夫なんて嘘だったじゃない、うっすらと目頭がきゅんと熱くなるのを感じる。
「........」
瑠璃色の瞳で彼女を見つめるローワンは、今度は彼女にかけられるような言葉が見つからなかった。歯がゆい気持ちで自身の拳を強く握りしめる。
「なんだってこんな……」
ガルシェの眉間には、皺が寄せられていた。
この現状に悲観し、呆然として、どうしたらいいか分からなかった。
自分は不幸であると思った。ここに来て初めてあたたかいものを知れたのに、それがぱらぱらと崩れていくのを感じる。何を言ってももう後戻り出来ない恐怖に襲われていた。この地下できっと何かを得たとしても俺たちは何かを失うはめになると。
「……し……いつ………か…り……」
くらくらとただ一つの考えがガルシェの頭の中をメリーゴーランドの如く巡る。次第に視界がずれて斜めになるのを感じた。
「………!」
「……ガル!しっかりしろ!君らしくない、そんな怖い顔してこのまま俺がいなかったら今頃君はその机の角に頭をぶつけていたよ」
咄嗟に倒れ込むガルシェを支えたのはフロイドだった。顔色を悪くしたガルシェを心配しているのかいつもはぶっきらぼうな彼の声色は心なしか柔らかい。
「フロイド……ありがとう。少し考え込みすぎていたみたいだ」
「……不安なのは分かる。俺もまだどうしても信じられないから」
こうしてフロイドが隣にいるガルシェのおかげで少しでも心が軽くなったことをガルシェは気づいていないだろう。
臆病者で不器用な彼らはまた少し歪な形を描いて、それでも少しずつ少しずつ近づいていた。ただ、彼らがそれを確かに気づく頃にはとうに手遅れになっているかもしれない。
もっと早く出逢えたら良かった、そう後悔するような何かがこの地下にあると。
______________
蝋燭の火がゆらゆらと揺れていた。
この地下室に入ってから随分と時間が経つ。今頃外には月が登りかけている頃だろう。子供たちに外の様子を気にしているような余裕はなかった。
地下室にぽちゃんぽちゃんと水が漏れて、石畳の地面を濡らしている。
外の雨の影響だろうか。しんと静まった地下室では、子供たちが蝋燭を手にし佇んでいた。
「もう外は夜になっているかもしれない、1度ここを出ようか?」
痺れを切らして声を出したのはアーノルドだった。
しばらくの間、子供たちは糸が切れたように次の行動に進めなくなっていた。それならば、と皆を心配して上に戻ろうと声をかけたのだ。
その言葉を聞いて、帰る場所を見つけたかのように少しでもほっとする。アーノルドと顔が合えば困ったように笑われた。このまま、戻ってホットミルクを飲んで暖かい毛布にくるまろう。今日は疲れたから大部屋でみんなで寝るのも悪くないかもと、思った。
こんな怖い思いする必要なんてないんだ。
シスターもきっと、子供たちがこんな思いをしてまで犯人を探して欲しいなんて思っていない。
みんなの中に犯人なんていない。そうだ。
そのはずなのに、どうしてか足が動かない。
先にも進めなければ、戻ることすらできない。きっと底なし沼にハマったんだろう。
名探偵の真似をしたのか、それとも神父の真似をしたのか。単純明快な事件を紐解くだけで終わるのだと思っていたのに、この地下に来てからとんと悪い心地がする。そんな事では終われないのだ、と嘲るように神様が笑っている気がした。
後戻りはできない、そうして沈んでいくことしか出来ない。言いしれない恐怖しか感じない。鳥肌が収まることがない。きっとこれは何かの罰だ。
すぅっと深く息を吸い込んだ音がした。
「全て調べ終わるまで、私はここを出ないわよ」
「これ以上は無理だと思うのなら先に上に出るべきだわ」
沈んだ沈没船の底に閉じ込められたかのように暗い海の底に迷い込んだ子供たちにそう言い放ったのはセレーネだった。
それは、辛ければ無理をする必要は無いのだ、と彼女なりに気を遣った言葉だったのかもしれない。彼女のその表情も他の子供たちと大して変わらない、むしろここに来る以前より青ざめている。
これ以上は、と思っているのは皆同じなのだ。
でも、ここで階段を上がれば、もう二度とここには戻って来れない。恐怖で足が竦むから。
それなら、みんなで一緒に真実を知ろう。
どんな事でも、もう受け止めるしかないのだ。この先に、たとえどんな不幸が待ち受けていても。
「僕も残るよ、怖いのはみんな一緒だ」
ペルセイがにこりとはにかみ笑顔を見せる。こうやって他人を気遣ってみせる彼のその笑顔は心の底からくるものなのだろう。
「一緒にいるよ、セレネちゃん」
「大丈夫よ、一緒にいれば怖くないもの」
双子たちがぎゅっとセレーネの手を握りしめて言った。ずっと冷たいかと思っていたが2人の手は暖かくて安心できた。こんな小さな手で何ができるというのだろう。
2人にはどんなことがあっても笑っていて欲しいとセレーネは思う。
「みんな怖いからって今晩寝る時、おもらしだけはするなよなっ!」
「馬鹿ね、そう言って貴方がするんじゃない?」
こんな時でもおどけてみせるローワンがいた。リンダが呆れ顔でそう返すので、くすくすと子供たちに笑みが溢れ出す。リンダの後ろではそうだそうだと、ミアとイザベラが抗議している。
「甘えた事言ってごめんね、皆でいれば地下室だって少しは明るく感じるよ」
柔らかな笑みをみせるアーノルドがぎゅっと聖痕を握りしめて言った。こんな暗がりでも蝋燭に照らされて彼のブロンドがきらきら輝いていた。
フロイドがぼぅっと彼の輝くブロンドを見つめる。捻くれ者の彼でもその光景が綺麗だとが感じたのかもしれない。
「アーノルドくんの髪はこんな暗いところでも綺麗だね」
純粋で素直なガルシェが思ったことを口に出す。
そんなつもりで言ったんじゃないよ、とあたふたと弁解するガルシェのそんな様子が面白いと思った。
1人じゃないことがこれだけ勇気を与えてくれるのかと子供たちはこの現状に少しだけ安堵する。
_____________
「もう一度、今度はあの扉の鍵を探そう」
その部屋の先には何かが隠されている。
知らない方が幸せかもしれないし、知る必要があることかもしれない。初めて雲を掴めそうな所まで来た。もう少しで真相に辿り着ける。怖いと思うのは当たり前で、でも僕達にはすぐ側に大切な存在がいてくれるんだから。大丈夫。
まだ、大丈夫。
シスター、見ていますか。
貴方はいったい何を知っていたのですか。
あのカタコンペを見た時に、微笑む彼女のことを思い出した。
いつか骨だけになって、あぁやって形だけ残るのだろう。
彼女の声を忘れていって、あの顔を忘れて、思い出を少しづつ忘れていって。
きっと記憶の中で朧気になっていくのに、当然のように夢には出てくるんだろう。
それは悪夢に等しいじゃないか。
彼女が微笑みかけていい夢を、とそう言ったのが最後にきいた言葉だった。
___________
もう何度見慣れた光景だろう。
いや、実際には今初めて見たのだ。
あんなにも縋っていた聖痕が今では何よりもおぞましく自分に笑えてくる。
何もかも騙されていたのは、果たして自分か。
それともシスターか。
いや、神様か。
そんなもの今更どうでもいいか、と言ってそっと手にとったナイフを掲げる。シスターの胸に刺さったあのナイフだった。
next…
階段を降りていった先には鉄の扉があった。鍵はなくただ、少し重い扉でぐっと体全体を使って押し出すようにしなければ開かなかった。
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「........!」
その先に広がる光景は、まさに。
ドクドクと心臓が高鳴るのを感じる。それは恐怖か興奮か、嘲りか。
いくつかの扉がある。暗くどんよりとした廊下には本棚やインテリアがぽつぽつとその存在を主張している。灯りをともさなければ前に進むことが困難なほど暗い。地下室特有の独特の湿気で空気がしっとりと冷たい。
「ここはいったい........」
正体のつかめない霧の中に包まれているようだった。
外は今頃、太陽が沈みかけている頃だろうか。
まずは、この地下室を調べる必要がある。
ここに来てから妙な感覚が続く。聖痕が熱く燃え上がり痛いと思った。こんなにも痛むことは今までに1度もなかった。胸を抑えながらまずはこの地下室を調べる作業に取り掛かった。
【探索開始】
2日目
セレーネは書庫の様な所に来た。本棚にはすべて聖書が置いてある。あれだけ慣れ親しんで読んだ聖書も今は酷く不気味に思える。中には1冊だけ血塗れの聖書があった。
ガルシェのもつ蝋燭のあかりがフッと消えた。暗く先の見えない地下室がたちまち恐ろしく思える。これ以上前にすすむのよそう。
ミア・リッピンコットは書庫の様な所に来た。本棚にはすべて聖書が置いてある。あれだけ慣れ親しんで読んだ聖書も今は酷く不気味に思える。中には1冊だけ血塗れの聖書があった。
「絵本が一冊もない……」
そこにあるのは君の悪い聖典だけだ。
イザベラ・リッピンコットは???の部屋を見つけた。
ガチャガチャとドアノブを回しても扉が開く気配がない。
「鍵がかかっているわ」
イザベラは呟いた。
アーノルドは見つけた。これは先月、外へ旅立ったジョンの靴だ。シスターから貰ったもので、自分の宝物なんだと言って毎日ピカピカになるくらい磨いていた。なぜこんなところに?
ローワンは辺りに灯をともした。壁一面には不気味な絵が描かれている。子供が描いたような落書きにも見えるがこれは……悪魔の絵?シスターはこの地下の存在をどうして教えてくれなかったのだろう。気が狂いそうなほど静かだった。
フロイドは立ち止まった。これは一昨年だったか、外へ旅だったエミリーのネックレスだ。シスターから貰ったもので、毎日のように付けていた。下の子からおねだりされてもこれだけはあげられないのと言っていたっけ。どうしてここに?
ペルセイとリンダは暗い通路の突き当たりまできた。暗くて良くは見えないが、奥底に何かがあるように見えた。
二人が灯りを灯すと、そこに小さな洞穴がある事に気づいた。
今更何があってもおかしくは無い。
と頭では割り切っていた物の、この先を知るのがどうしようもなく怖くて仕方がない。
洞穴の中はどうなっているのか、全て見ておかなくてはならない。義務感なのかはたまた探究心なのか、知らなくて良かったものを追おうとする自分達の先には後悔しかないのではないかと考える。
今更立ち止まる事は出来ない。貪欲な私達は全てを知ろうと藻掻く。まるで誰かに操られるかのように、そっと奥を除く。
子供が少し屈んで入る程度の狭さの入口を潜ると
そこには異様な光景が広がっていた。
壁面にはギッシリと隙間なく埋められている骨。何十人もの骨。整列された頭蓋骨に、古ぼけた木箱には乱雑に詰められた骨。
人間の骨だ。
綺麗に陳列された骨は、誰かしらに管理されていた事を物語っていた。
考えたくもなかった。
自分達がのうのうと生活していた水面下には、こんなにもおぞましいものが眠っていたのだと思うと。自分達の踏みつけていた足元は深い泥沼で、知らぬ間に、深く深くへと沈んで行きいずれは喉元まで浸りきってしまう事に私達は気づかなかった。
混乱していた頭でただ1人、明確にいや薄らと、犯人は絞られていた。
【探索終了】
どんどんと積み重なっていく。噴火前の火山の如くそこには疑問と恐怖だけがつのっていく。
「もう少し、もう少しで何かが分かりそうな気がするんだ」
そう考え込むペルセイの顔には疲労がみえる。
あまりに唐突過ぎたこの今の現状に誰も追いついていけていないのだ。早足に何度も転んで必死になってここに立っている、そんな気迫が子供たちからは感ぜられる。
「扉の鍵より先にまずは、あの部屋の........地下墓地じゃないの。あんなにたくさんの骸骨見たことがない」
気持ち悪いほどにギュウギュウに敷き詰められていたものの正体はすべて骨だったのだ。
それは、均等に、計画的に、並べられた大量の骨だった。人の骨なのだ。中には、その頭部の骸骨がもはや人の形を保っていないような形状のものも垣間見えた。
眼孔のないあの大きな穴がすべてこちらを覗いているようだった。おぞましい光景に心がおかされる。
開けた扉の先は丸い部屋でそれを取り囲むように壁一面すべてに骨が引き詰められていた。なぜ墓地があるのか。部屋の中央にぽつんとそれらを慈しみ許しを与えるかのように存在していた十字架が何だか憎憎しいとすら思えた。
「........ここに何があるって言うのよ」
リンダはこの得体の知れない恐怖も言い知れない怒りもどこにぶつければいいのか分からなかった。
大丈夫なんて嘘だったじゃない、うっすらと目頭がきゅんと熱くなるのを感じる。
「........」
瑠璃色の瞳で彼女を見つめるローワンは、今度は彼女にかけられるような言葉が見つからなかった。歯がゆい気持ちで自身の拳を強く握りしめる。
「なんだってこんな……」
ガルシェの眉間には、皺が寄せられていた。
この現状に悲観し、呆然として、どうしたらいいか分からなかった。
自分は不幸であると思った。ここに来て初めてあたたかいものを知れたのに、それがぱらぱらと崩れていくのを感じる。何を言ってももう後戻り出来ない恐怖に襲われていた。この地下できっと何かを得たとしても俺たちは何かを失うはめになると。
「……し……いつ………か…り……」
くらくらとただ一つの考えがガルシェの頭の中をメリーゴーランドの如く巡る。次第に視界がずれて斜めになるのを感じた。
「………!」
「……ガル!しっかりしろ!君らしくない、そんな怖い顔してこのまま俺がいなかったら今頃君はその机の角に頭をぶつけていたよ」
咄嗟に倒れ込むガルシェを支えたのはフロイドだった。顔色を悪くしたガルシェを心配しているのかいつもはぶっきらぼうな彼の声色は心なしか柔らかい。
「フロイド……ありがとう。少し考え込みすぎていたみたいだ」
「……不安なのは分かる。俺もまだどうしても信じられないから」
こうしてフロイドが隣にいるガルシェのおかげで少しでも心が軽くなったことをガルシェは気づいていないだろう。
臆病者で不器用な彼らはまた少し歪な形を描いて、それでも少しずつ少しずつ近づいていた。ただ、彼らがそれを確かに気づく頃にはとうに手遅れになっているかもしれない。
もっと早く出逢えたら良かった、そう後悔するような何かがこの地下にあると。
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蝋燭の火がゆらゆらと揺れていた。
この地下室に入ってから随分と時間が経つ。今頃外には月が登りかけている頃だろう。子供たちに外の様子を気にしているような余裕はなかった。
地下室にぽちゃんぽちゃんと水が漏れて、石畳の地面を濡らしている。
外の雨の影響だろうか。しんと静まった地下室では、子供たちが蝋燭を手にし佇んでいた。
「もう外は夜になっているかもしれない、1度ここを出ようか?」
痺れを切らして声を出したのはアーノルドだった。
しばらくの間、子供たちは糸が切れたように次の行動に進めなくなっていた。それならば、と皆を心配して上に戻ろうと声をかけたのだ。
その言葉を聞いて、帰る場所を見つけたかのように少しでもほっとする。アーノルドと顔が合えば困ったように笑われた。このまま、戻ってホットミルクを飲んで暖かい毛布にくるまろう。今日は疲れたから大部屋でみんなで寝るのも悪くないかもと、思った。
こんな怖い思いする必要なんてないんだ。
シスターもきっと、子供たちがこんな思いをしてまで犯人を探して欲しいなんて思っていない。
みんなの中に犯人なんていない。そうだ。
そのはずなのに、どうしてか足が動かない。
先にも進めなければ、戻ることすらできない。きっと底なし沼にハマったんだろう。
名探偵の真似をしたのか、それとも神父の真似をしたのか。単純明快な事件を紐解くだけで終わるのだと思っていたのに、この地下に来てからとんと悪い心地がする。そんな事では終われないのだ、と嘲るように神様が笑っている気がした。
後戻りはできない、そうして沈んでいくことしか出来ない。言いしれない恐怖しか感じない。鳥肌が収まることがない。きっとこれは何かの罰だ。
すぅっと深く息を吸い込んだ音がした。
「全て調べ終わるまで、私はここを出ないわよ」
「これ以上は無理だと思うのなら先に上に出るべきだわ」
沈んだ沈没船の底に閉じ込められたかのように暗い海の底に迷い込んだ子供たちにそう言い放ったのはセレーネだった。
それは、辛ければ無理をする必要は無いのだ、と彼女なりに気を遣った言葉だったのかもしれない。彼女のその表情も他の子供たちと大して変わらない、むしろここに来る以前より青ざめている。
これ以上は、と思っているのは皆同じなのだ。
でも、ここで階段を上がれば、もう二度とここには戻って来れない。恐怖で足が竦むから。
それなら、みんなで一緒に真実を知ろう。
どんな事でも、もう受け止めるしかないのだ。この先に、たとえどんな不幸が待ち受けていても。
「僕も残るよ、怖いのはみんな一緒だ」
ペルセイがにこりとはにかみ笑顔を見せる。こうやって他人を気遣ってみせる彼のその笑顔は心の底からくるものなのだろう。
「一緒にいるよ、セレネちゃん」
「大丈夫よ、一緒にいれば怖くないもの」
双子たちがぎゅっとセレーネの手を握りしめて言った。ずっと冷たいかと思っていたが2人の手は暖かくて安心できた。こんな小さな手で何ができるというのだろう。
2人にはどんなことがあっても笑っていて欲しいとセレーネは思う。
「みんな怖いからって今晩寝る時、おもらしだけはするなよなっ!」
「馬鹿ね、そう言って貴方がするんじゃない?」
こんな時でもおどけてみせるローワンがいた。リンダが呆れ顔でそう返すので、くすくすと子供たちに笑みが溢れ出す。リンダの後ろではそうだそうだと、ミアとイザベラが抗議している。
「甘えた事言ってごめんね、皆でいれば地下室だって少しは明るく感じるよ」
柔らかな笑みをみせるアーノルドがぎゅっと聖痕を握りしめて言った。こんな暗がりでも蝋燭に照らされて彼のブロンドがきらきら輝いていた。
フロイドがぼぅっと彼の輝くブロンドを見つめる。捻くれ者の彼でもその光景が綺麗だとが感じたのかもしれない。
「アーノルドくんの髪はこんな暗いところでも綺麗だね」
純粋で素直なガルシェが思ったことを口に出す。
そんなつもりで言ったんじゃないよ、とあたふたと弁解するガルシェのそんな様子が面白いと思った。
1人じゃないことがこれだけ勇気を与えてくれるのかと子供たちはこの現状に少しだけ安堵する。
_____________
「もう一度、今度はあの扉の鍵を探そう」
その部屋の先には何かが隠されている。
知らない方が幸せかもしれないし、知る必要があることかもしれない。初めて雲を掴めそうな所まで来た。もう少しで真相に辿り着ける。怖いと思うのは当たり前で、でも僕達にはすぐ側に大切な存在がいてくれるんだから。大丈夫。
まだ、大丈夫。
シスター、見ていますか。
貴方はいったい何を知っていたのですか。
あのカタコンペを見た時に、微笑む彼女のことを思い出した。
いつか骨だけになって、あぁやって形だけ残るのだろう。
彼女の声を忘れていって、あの顔を忘れて、思い出を少しづつ忘れていって。
きっと記憶の中で朧気になっていくのに、当然のように夢には出てくるんだろう。
それは悪夢に等しいじゃないか。
彼女が微笑みかけていい夢を、とそう言ったのが最後にきいた言葉だった。
___________
もう何度見慣れた光景だろう。
いや、実際には今初めて見たのだ。
あんなにも縋っていた聖痕が今では何よりもおぞましく自分に笑えてくる。
何もかも騙されていたのは、果たして自分か。
それともシスターか。
いや、神様か。
そんなもの今更どうでもいいか、と言ってそっと手にとったナイフを掲げる。シスターの胸に刺さったあのナイフだった。
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