episode.2 彼女の居ない朝
日の出と共にけたましく鳴くのは、教会のニワトリたち。シスターはそのニワトリたちの声で起きて、みんなの朝食を作っていたっけ。
昨夜は結局よく寝付けなくて、こんなにも朝早く起きてしまった。そこには一人、ニワトリ小屋で朝を過ごすローワンがいた。
重なった藁の上に胡座をかき、ニワトリたちに餌をやる。
いつもならニワトリたちを見て癒されるところだった。
「こんなことなら寝ておいた方がマシだったぜー」
今日もなんだかすっきりしないもやもやとしたこの気持ちをコイツらなら何とかしてくれるんじゃないかと思ってやって来たが気持ちは変わらなかった。
コケコッコーとニワトリが間抜けな返事を返す。ここには誰もいなくて、ニワトリ以外から返事が返ってくることもない。その静穏な時が彼を皮肉っているようで変に居心地が悪かった。
「でも君がいないおかげで俺はゆっくり眠れた」
顔を見上げればニワトリを睨みながらこちらに進んでくる紫髪の男の子がこちらを鬱陶しそうにちらりと見て呟いた。
ローワンは突然の彼の侵入に少し眉をあげ、驚いた様子をみせるがすぐさま彼の得意な笑顔でフロイドを出迎える。
「フロビソーは俺が居なくて眠れなかったみたいだな!」
「人の話聞こえてるのか?君の頭はそこのニワトリと同じレベル?」
心底嫌そうな顔をして憎まれ口を叩くフロイドの顔はいつもより心無しかうっすらとしたクマが見える。
案外ローワンのいった言葉は図星なのかもしれない。
どうしてここに来たのか、なんて質問は野暮に感じてただ2人で朝を過ごした。ふと、いつの間にかここに来たのは正解だったと思った。
________
朝、シスターの作る朝食の匂いが教会中に立ち込めることはなかった。
今日の朝食当番を引き受けたのはガブリエルの間の2人でリンダとペルセイであった。2人は妙に大人くさいところがあっていい意味で教会のお兄さん、お姉さんなのだ。
2人のおかげで先日とは違い豪華な食事が並ぶ。それは、不安がいっぱいで前向きになんてなれないみんなへの2人からのささやかな心遣いだった。
「まったく今日からまた忙しくなるって言うのに、朝寝坊が多すぎるんじゃないの?」
折角料理を用意したのにも関わらず中々、食堂に足を運ばない子供たちにだらしないわね、とリンダが愚痴をこぼす。
「まぁまぁ、今から僕が起こしてくるから心配ないよ」
ひょいと、デザートのイチゴをつまみ食いするペルセイ。頼りになるんだが、ならないんだかと微妙な顔をしてリンダがそれを見送った。
「はぁ........頼んだわよ、ペルセウス様」
_____________
コンコンとノックの音がすると、中から可愛い女の子2人がぴょこんと顔を出した。
ミカエルの間は3人部屋だ。双子が来た時に、離れ離れの部屋にするのは可哀想だとシスターが言ったので特別に3人部屋になっている。そのため、教会にある4つの部屋の中では1番大きくて日当たりがいい。
目を擦りながらリボンちゃんだと、おはようの挨拶をぎゅっとぬいぐるみを抱きしめるようにハグで返してくれる。ミアはあまりお喋りが得意じゃない。その分、彼女なりのスキンシップでこうして挨拶をしてくれるのだ。
後ろではふぁ〜と大きな欠伸をしながらイザベラがウトウトしながら立っていた。昨夜は遅くまでなかなか寝付けずにいたらしい。
「朝ごはんの時間だよ、2人の好きなイチゴがデザートなんだ。早く用意しておいでよ」
ペルセイの言葉を聞いた途端、キラキラした目でそれは急がなくっちゃ!とバタバタ用意をし始める。あと数分もすれば双子は食堂にやってくるだろう。
心配なのは顔を見せない親友のアーニーだが。
「おはよう、ペルセイ........。」
酷く覇気のない声の主が部屋の奥からズルズルとやってくる。彼の方はもう既に朝の支度は整っているようだ。
「酷いくまだね、眠れなかったの?」
「う、うん........。というか、2人が寝かせてくれなくて。俺が寝ようとすると2人が寝るまで寝ないで、っていうから。」
どうやら、昨日のミカエルの間では微笑ましいエピソードがあったようだ。
美味しいご飯でも食べたらすぐに元気になるよ、ペルセイは3人に早く来るように言ってミカエル部屋の扉を閉めた。
次にペルセイがセレーネとガルシェのウリエル部屋、フロイドとローワンのラファエル部屋をノックするがどうやら部屋の主たちはどちらの部屋にもいないようだった。
英雄ペルセウスの仕事は早くも終わりを告げる。
ウリエルの間の2人は寝坊するような性格では無く、ペルセイが食堂に戻ればいつもの如くそこに座っていた。どうやら、ミカエル部屋に顔を出している際にすれ違っていたみたいだ。
ローワンとフロイドは、何だか獣くさい匂いをさせていて、リンダから臭いと文句を言われていた。どうやら、朝から部屋にいなかったのは外の小屋にいたかららしい。
揃った途端、教会の仕切やさんが朝のお祈りがどうだとかブツブツと皆に唱え始める。
その間にペルセイがマイペースにも食事を始め出す。それを見てずるい!と双子が食べ始めれば、もう挨拶がどうとか気にすることなく皆が食事を始める。これもお決まりの教会の光景だった。
「もうご飯を食べ始めちゃったのね、それじゃあ仕方ないわ。食後はみんなで感謝のお祈りを捧げましょう」
そういって微笑む彼女の声がどこかで幽かに聞こえないかと耳をすましてしまう。どうやってもその声が食堂に響くことはないのに笑えてくるほどだ。こんなに美味しい料理なのに、温かい食事なのに、大切なものが足りなくて。僕達は味のしない空気を食べている。
_______
「昨日の話の続きよ、アーニーが言った通り。これから私たちはシスター殺しの真相を探ることになるわ」
食事が終わって片付いた食堂で、各自好き勝手に行動しようとした子供たちに待ったをかけたのはセレーネであった。これからの行動について、彼女から話があるらしい。
「いい?仮にこの中に犯人がいたとして、その証拠となるようなものがこの教会の中にはあるかもしれないわ。今日からはそれを手分けして探すのよ!」
「セレネの言うことはもっともだけど、1人で行動するのは危険が伴うと思うな」
自信満々に言い切って背後にばんと効果音がうつる彼女の言葉に、ペルセイが彼のペースで話を続けていく。
「だって、この中に犯人がいたとしたら次にシスターの隣に埋められちゃうのは僕らのうちの誰かかもしれないからね」
平常、彼は表情をぴくりとも変えずにその明るい声音で穏やかにここに居る子供たちを震わせた。事態の深刻さを見誤っていたのだ。
この中に犯人がいるということがどういう事なのか、そしてそれは何を意味するのか。次は自分の番かもしれないなんて誰が想像できていたか。
「俺は2人っきりの方が怖いね、殺してくださいと言っているようなものだろ。俺はダイスキなみんなをこれっぽちも疑いたくないんだ。手分けして探索している間に後ろから刺されるかもしれないとヒヤヒヤしながら一日を過ごすのはごめんだ。俺は一人でいい」
ニヒルに笑ってみせるフロイドの笑顔は引きつっている。それで笑っているつもりならとんだ大根役者だ。
「フロチョシーの言うことも一理あるね、1人の方がオレもやりやすいねー!」
「ローワンくんやフロイドが1人で行動すればその分何かあった時に疑いをかけられるんじゃないか?」
「ミアおねぇちゃんと........」
賛成、反対、議論は議長の手の届かぬ背中で繰り広げられる。誰が好きこのんで、大好きな家族を疑わなくてはならないのか。悲痛に歪み、頬を冷ややかな汗が流れ落ちる。
「人の話は最後まで聞きなさいよ!」
「まったく、どうしようも無い!探索は一人で行うのよ。もし一人で行動して何かあれば必ず誰かに疑いがかかるわ。だからといって、誰かと行動すれば疑心暗鬼になるだけよ。仲間内で睨み合っても仕方ないわ。これ以上ご飯が美味しくなくなるのはこりごりだもの。」
「ただし、ペルセイが言ったように自分の身だけはしっかり守っておく事ね........。」
離れ離れに行動することは幸をそうするか、それとも........。
シスター死後、1日が経ったその日。子供たちは真相にたどり着くためにホームズの帽子を被る。今はまだ、探偵ごっこだと思ってこの教会内を忙しなく無邪気にも走り回ればいい。
【探索開始】
只今よりDMにて探索を開始します。
合図があるまでお待ちください。
1日目 昼
セレーネは食卓の小さな机を見た。愛らしい花瓶にはお花が飾られている。この花はシスターと皆で育てたものだ。
そういえば、シスターは花が好きだったわね。
また皆で育てたらいいわ。
そう思ってセレーネは食卓を後にした。
ガルシェは食卓の小さな机を見た。
愛らしい花瓶にはお花が飾られている。
この花は先日綺麗に咲いたから、シスターに子供たちでプレゼントしたものだ。シスターは花が好きだった。
もう彼女に花をあげる機会もなくなった。
そう思って、ガルシェは食卓を後にした。
ミア・リッピンコットはミカエル部屋にきた。まずは、自分の部屋の探索を行う。
部屋の床には散らばった絵本が広がっている。先日、アーノルドに読んで読んでとせがんだものだ。これを片付けようにも、どうにも怠くて手が動かない。後で、アーノルドと一緒に片付けよう。
そう思って、部屋を後にした。
イザベラ・リッピンコットは立ち止まった。
窓からは丁寧に育てられた花が見える。中には、根元で切られた花が何輪か見える。ふと、シスターはあの日どんな気持ちだったんだろう。大好きな綺麗な花を見ても考えてしまうのはシスターのことだった。
そう思って、花壇を後にした。
ペルセイは立ち止まった。
約束したのに、これからもずっと一緒だって...。
いざ、探索を始めるとした時僕の足がすくんで動かなかった。
これから、どうしたらいいのか。教えてください、シスター。
アーノルドは立ち止まった。
これからもずっと一緒だと思っていた。だけど、本当は変わらない日常なんてそこにはなかったのだ。いつだって俺たちは搾取される側だ。今は、足がすくんで動かない。少しだけ、休んでから探索を開始しよう。
ローワンは食卓の小さな机を見た。
奇妙な柄の花瓶にはお花が飾られている。
「花の匂いが鼻につくなぁ」
一人でジョークを言っても、笑ってくれる人間は隣にいなかった。シスターの笑い声が聞きたい。
そう思って、食卓を後にした。
リンダは食卓の小さな机を見た。
美しい花瓶には花が飾られている。花は好きだった。幼い時に、花冠をつくってシスターにあげたときとても喜んでくれたのを思い出す。あの時に戻れるなら、そう考え出して思考をとめる。食卓を後にした。
フロイドは自室にきた。 シスターがくれたぼろぼろのぬいぐるみが置いてある。教会に来たばかりの頃に、捻くれ者で一人だけ浮いていたフロイドにシスターが用意してくれたお友達だった。あの時、そんなもの要らないと跳ね除けたこと今ではすこし後悔していた。
セレーネは次に書庫にきた。
棚にはシスターが読んでくれた絵本や本が並んでいる。幼い頃はよくシスターに絵本を読んでもらったな。シスターの声を聞くと安心して心地が良かった。もう二度と聞けなくなってしまったけど。
ガルシェは自室にきた。
シスターがくれた新しく綺麗なぬいぐるみがベッドの上に大切に置いてある。ここに来てから、仲良くなったフロイドと俺の仲を見てお揃いよ、ってシスターがくれたものだ。不思議と元気が出た。自室を後にする。
ミア・リッピンコットはシスターの部屋を見渡した。
聖書が置いてある。シスターは神にすべてを捧げていた。なのに、なぜ神はシスターを救ってくださらなかったんだろう。
きっとミアちゃんがお祈りをきちんとしなかったからだ。
今更、神様に謝ってもきっと遅い。
そう思って、部屋をあとにした。
イザベラ・リッピンコットはシスターの部屋を見渡した。聖書が置いてある。シスターは神にすべてを捧げていたのに。なのに、なぜ神はシスターを救ってくださらなかったんだろう。
神様は意地悪で底意地が悪い暴君だ。
今更、誰に怒ればいいの。
そう思って、部屋を後にした。
アーノルドはウリエル部屋にきた。 ベッドの上には、真新しいぬいぐるみが大切そうに置いてある。そういえば、小さい頃にフロイドも似たようなぬいぐるみをシスターから貰っていたっけ。あの子はすぐにボロボロにしていたけど。
そう思って、部屋をあとにした。
ローワンはシスターの部屋を見渡した。聖書が置いてある。シスターは神にすべてを捧げていたんだ。なのに、なぜ神はシスターを救ってくださらなかったんだろう。
神様はオレたちを裏切った。
シスターは神様に裏切られたんだ。
そう思って、部屋をあとにした。
ペルセイは自室にきた。 棚に視線を移すと、シスターと皆でとった色褪せた写真が飾られていた。これはいつ撮ったものだったろう。これからもこんな幸せが続くはずだった。
幸せそうな写真なのに、ちっとも笑えなかった。
部屋を後にした。
リンダは自室にきた。
棚に視線を移すと、シスターと皆でとった色褪せた写真が飾られていた。これはいつ撮ったものだったろう。幼いリンダの横には同じポーズをとるあの子が写っていた。結局、シスターとあの子と3人で花冠をつくる日は二度と訪れなかった。
写真たてを伏せて部屋をあとにした。
フロイドは物置小屋にきた。 このオルゴール、こんなところにあったのか。シスターが外から帰ってきたときにお土産といって皆にくれたものだ。随分昔のことだからもう音すら鳴らないかもしれない。
フロイドは散らかった物置小屋の更に奥に進んだ。
奥の方に以前使っていたはずの随分とくすんだ色のカーテンを見つけた。
何か、違和感を感じた。
そうだ、もう何年としまっていた筈なのに埃や塵などは見当たらない。つい最近まで誰かの手によって触られていたような。
乱雑に折り畳まれたカーテンを探ると、中からは表面に小花柄の付いたティーカップが出てきた。見覚えがある。これは以前シスターが愛用していたはずのティーカップだ。
よく自分達の目の前で、お気に入りだと言わんばかりに手入れしていたのを覚えている。
パタリとその存在が無くなった事を、どこかしら感じていた。
見なくなったのはいつからだっただろうか。
誰かが隠した?
いや、なんの為に。
小さな違和感ですら今は大きな手がかりとなるかもしれない。
そう思って、フロイドは物置小屋を後にした。
_____
【探索終了】
next........
日の出と共にけたましく鳴くのは、教会のニワトリたち。シスターはそのニワトリたちの声で起きて、みんなの朝食を作っていたっけ。
昨夜は結局よく寝付けなくて、こんなにも朝早く起きてしまった。そこには一人、ニワトリ小屋で朝を過ごすローワンがいた。
重なった藁の上に胡座をかき、ニワトリたちに餌をやる。
いつもならニワトリたちを見て癒されるところだった。
「こんなことなら寝ておいた方がマシだったぜー」
今日もなんだかすっきりしないもやもやとしたこの気持ちをコイツらなら何とかしてくれるんじゃないかと思ってやって来たが気持ちは変わらなかった。
コケコッコーとニワトリが間抜けな返事を返す。ここには誰もいなくて、ニワトリ以外から返事が返ってくることもない。その静穏な時が彼を皮肉っているようで変に居心地が悪かった。
「でも君がいないおかげで俺はゆっくり眠れた」
顔を見上げればニワトリを睨みながらこちらに進んでくる紫髪の男の子がこちらを鬱陶しそうにちらりと見て呟いた。
ローワンは突然の彼の侵入に少し眉をあげ、驚いた様子をみせるがすぐさま彼の得意な笑顔でフロイドを出迎える。
「フロビソーは俺が居なくて眠れなかったみたいだな!」
「人の話聞こえてるのか?君の頭はそこのニワトリと同じレベル?」
心底嫌そうな顔をして憎まれ口を叩くフロイドの顔はいつもより心無しかうっすらとしたクマが見える。
案外ローワンのいった言葉は図星なのかもしれない。
どうしてここに来たのか、なんて質問は野暮に感じてただ2人で朝を過ごした。ふと、いつの間にかここに来たのは正解だったと思った。
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朝、シスターの作る朝食の匂いが教会中に立ち込めることはなかった。
今日の朝食当番を引き受けたのはガブリエルの間の2人でリンダとペルセイであった。2人は妙に大人くさいところがあっていい意味で教会のお兄さん、お姉さんなのだ。
2人のおかげで先日とは違い豪華な食事が並ぶ。それは、不安がいっぱいで前向きになんてなれないみんなへの2人からのささやかな心遣いだった。
「まったく今日からまた忙しくなるって言うのに、朝寝坊が多すぎるんじゃないの?」
折角料理を用意したのにも関わらず中々、食堂に足を運ばない子供たちにだらしないわね、とリンダが愚痴をこぼす。
「まぁまぁ、今から僕が起こしてくるから心配ないよ」
ひょいと、デザートのイチゴをつまみ食いするペルセイ。頼りになるんだが、ならないんだかと微妙な顔をしてリンダがそれを見送った。
「はぁ........頼んだわよ、ペルセウス様」
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コンコンとノックの音がすると、中から可愛い女の子2人がぴょこんと顔を出した。
ミカエルの間は3人部屋だ。双子が来た時に、離れ離れの部屋にするのは可哀想だとシスターが言ったので特別に3人部屋になっている。そのため、教会にある4つの部屋の中では1番大きくて日当たりがいい。
目を擦りながらリボンちゃんだと、おはようの挨拶をぎゅっとぬいぐるみを抱きしめるようにハグで返してくれる。ミアはあまりお喋りが得意じゃない。その分、彼女なりのスキンシップでこうして挨拶をしてくれるのだ。
後ろではふぁ〜と大きな欠伸をしながらイザベラがウトウトしながら立っていた。昨夜は遅くまでなかなか寝付けずにいたらしい。
「朝ごはんの時間だよ、2人の好きなイチゴがデザートなんだ。早く用意しておいでよ」
ペルセイの言葉を聞いた途端、キラキラした目でそれは急がなくっちゃ!とバタバタ用意をし始める。あと数分もすれば双子は食堂にやってくるだろう。
心配なのは顔を見せない親友のアーニーだが。
「おはよう、ペルセイ........。」
酷く覇気のない声の主が部屋の奥からズルズルとやってくる。彼の方はもう既に朝の支度は整っているようだ。
「酷いくまだね、眠れなかったの?」
「う、うん........。というか、2人が寝かせてくれなくて。俺が寝ようとすると2人が寝るまで寝ないで、っていうから。」
どうやら、昨日のミカエルの間では微笑ましいエピソードがあったようだ。
美味しいご飯でも食べたらすぐに元気になるよ、ペルセイは3人に早く来るように言ってミカエル部屋の扉を閉めた。
次にペルセイがセレーネとガルシェのウリエル部屋、フロイドとローワンのラファエル部屋をノックするがどうやら部屋の主たちはどちらの部屋にもいないようだった。
英雄ペルセウスの仕事は早くも終わりを告げる。
ウリエルの間の2人は寝坊するような性格では無く、ペルセイが食堂に戻ればいつもの如くそこに座っていた。どうやら、ミカエル部屋に顔を出している際にすれ違っていたみたいだ。
ローワンとフロイドは、何だか獣くさい匂いをさせていて、リンダから臭いと文句を言われていた。どうやら、朝から部屋にいなかったのは外の小屋にいたかららしい。
揃った途端、教会の仕切やさんが朝のお祈りがどうだとかブツブツと皆に唱え始める。
その間にペルセイがマイペースにも食事を始め出す。それを見てずるい!と双子が食べ始めれば、もう挨拶がどうとか気にすることなく皆が食事を始める。これもお決まりの教会の光景だった。
「もうご飯を食べ始めちゃったのね、それじゃあ仕方ないわ。食後はみんなで感謝のお祈りを捧げましょう」
そういって微笑む彼女の声がどこかで幽かに聞こえないかと耳をすましてしまう。どうやってもその声が食堂に響くことはないのに笑えてくるほどだ。こんなに美味しい料理なのに、温かい食事なのに、大切なものが足りなくて。僕達は味のしない空気を食べている。
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「昨日の話の続きよ、アーニーが言った通り。これから私たちはシスター殺しの真相を探ることになるわ」
食事が終わって片付いた食堂で、各自好き勝手に行動しようとした子供たちに待ったをかけたのはセレーネであった。これからの行動について、彼女から話があるらしい。
「いい?仮にこの中に犯人がいたとして、その証拠となるようなものがこの教会の中にはあるかもしれないわ。今日からはそれを手分けして探すのよ!」
「セレネの言うことはもっともだけど、1人で行動するのは危険が伴うと思うな」
自信満々に言い切って背後にばんと効果音がうつる彼女の言葉に、ペルセイが彼のペースで話を続けていく。
「だって、この中に犯人がいたとしたら次にシスターの隣に埋められちゃうのは僕らのうちの誰かかもしれないからね」
平常、彼は表情をぴくりとも変えずにその明るい声音で穏やかにここに居る子供たちを震わせた。事態の深刻さを見誤っていたのだ。
この中に犯人がいるということがどういう事なのか、そしてそれは何を意味するのか。次は自分の番かもしれないなんて誰が想像できていたか。
「俺は2人っきりの方が怖いね、殺してくださいと言っているようなものだろ。俺はダイスキなみんなをこれっぽちも疑いたくないんだ。手分けして探索している間に後ろから刺されるかもしれないとヒヤヒヤしながら一日を過ごすのはごめんだ。俺は一人でいい」
ニヒルに笑ってみせるフロイドの笑顔は引きつっている。それで笑っているつもりならとんだ大根役者だ。
「フロチョシーの言うことも一理あるね、1人の方がオレもやりやすいねー!」
「ローワンくんやフロイドが1人で行動すればその分何かあった時に疑いをかけられるんじゃないか?」
「ミアおねぇちゃんと........」
賛成、反対、議論は議長の手の届かぬ背中で繰り広げられる。誰が好きこのんで、大好きな家族を疑わなくてはならないのか。悲痛に歪み、頬を冷ややかな汗が流れ落ちる。
「人の話は最後まで聞きなさいよ!」
「まったく、どうしようも無い!探索は一人で行うのよ。もし一人で行動して何かあれば必ず誰かに疑いがかかるわ。だからといって、誰かと行動すれば疑心暗鬼になるだけよ。仲間内で睨み合っても仕方ないわ。これ以上ご飯が美味しくなくなるのはこりごりだもの。」
「ただし、ペルセイが言ったように自分の身だけはしっかり守っておく事ね........。」
離れ離れに行動することは幸をそうするか、それとも........。
シスター死後、1日が経ったその日。子供たちは真相にたどり着くためにホームズの帽子を被る。今はまだ、探偵ごっこだと思ってこの教会内を忙しなく無邪気にも走り回ればいい。
【探索開始】
只今よりDMにて探索を開始します。
合図があるまでお待ちください。
1日目 昼
セレーネは食卓の小さな机を見た。愛らしい花瓶にはお花が飾られている。この花はシスターと皆で育てたものだ。
そういえば、シスターは花が好きだったわね。
また皆で育てたらいいわ。
そう思ってセレーネは食卓を後にした。
ガルシェは食卓の小さな机を見た。
愛らしい花瓶にはお花が飾られている。
この花は先日綺麗に咲いたから、シスターに子供たちでプレゼントしたものだ。シスターは花が好きだった。
もう彼女に花をあげる機会もなくなった。
そう思って、ガルシェは食卓を後にした。
ミア・リッピンコットはミカエル部屋にきた。まずは、自分の部屋の探索を行う。
部屋の床には散らばった絵本が広がっている。先日、アーノルドに読んで読んでとせがんだものだ。これを片付けようにも、どうにも怠くて手が動かない。後で、アーノルドと一緒に片付けよう。
そう思って、部屋を後にした。
イザベラ・リッピンコットは立ち止まった。
窓からは丁寧に育てられた花が見える。中には、根元で切られた花が何輪か見える。ふと、シスターはあの日どんな気持ちだったんだろう。大好きな綺麗な花を見ても考えてしまうのはシスターのことだった。
そう思って、花壇を後にした。
ペルセイは立ち止まった。
約束したのに、これからもずっと一緒だって...。
いざ、探索を始めるとした時僕の足がすくんで動かなかった。
これから、どうしたらいいのか。教えてください、シスター。
アーノルドは立ち止まった。
これからもずっと一緒だと思っていた。だけど、本当は変わらない日常なんてそこにはなかったのだ。いつだって俺たちは搾取される側だ。今は、足がすくんで動かない。少しだけ、休んでから探索を開始しよう。
ローワンは食卓の小さな机を見た。
奇妙な柄の花瓶にはお花が飾られている。
「花の匂いが鼻につくなぁ」
一人でジョークを言っても、笑ってくれる人間は隣にいなかった。シスターの笑い声が聞きたい。
そう思って、食卓を後にした。
リンダは食卓の小さな机を見た。
美しい花瓶には花が飾られている。花は好きだった。幼い時に、花冠をつくってシスターにあげたときとても喜んでくれたのを思い出す。あの時に戻れるなら、そう考え出して思考をとめる。食卓を後にした。
フロイドは自室にきた。 シスターがくれたぼろぼろのぬいぐるみが置いてある。教会に来たばかりの頃に、捻くれ者で一人だけ浮いていたフロイドにシスターが用意してくれたお友達だった。あの時、そんなもの要らないと跳ね除けたこと今ではすこし後悔していた。
セレーネは次に書庫にきた。
棚にはシスターが読んでくれた絵本や本が並んでいる。幼い頃はよくシスターに絵本を読んでもらったな。シスターの声を聞くと安心して心地が良かった。もう二度と聞けなくなってしまったけど。
ガルシェは自室にきた。
シスターがくれた新しく綺麗なぬいぐるみがベッドの上に大切に置いてある。ここに来てから、仲良くなったフロイドと俺の仲を見てお揃いよ、ってシスターがくれたものだ。不思議と元気が出た。自室を後にする。
ミア・リッピンコットはシスターの部屋を見渡した。
聖書が置いてある。シスターは神にすべてを捧げていた。なのに、なぜ神はシスターを救ってくださらなかったんだろう。
きっとミアちゃんがお祈りをきちんとしなかったからだ。
今更、神様に謝ってもきっと遅い。
そう思って、部屋をあとにした。
イザベラ・リッピンコットはシスターの部屋を見渡した。聖書が置いてある。シスターは神にすべてを捧げていたのに。なのに、なぜ神はシスターを救ってくださらなかったんだろう。
神様は意地悪で底意地が悪い暴君だ。
今更、誰に怒ればいいの。
そう思って、部屋を後にした。
アーノルドはウリエル部屋にきた。 ベッドの上には、真新しいぬいぐるみが大切そうに置いてある。そういえば、小さい頃にフロイドも似たようなぬいぐるみをシスターから貰っていたっけ。あの子はすぐにボロボロにしていたけど。
そう思って、部屋をあとにした。
ローワンはシスターの部屋を見渡した。聖書が置いてある。シスターは神にすべてを捧げていたんだ。なのに、なぜ神はシスターを救ってくださらなかったんだろう。
神様はオレたちを裏切った。
シスターは神様に裏切られたんだ。
そう思って、部屋をあとにした。
ペルセイは自室にきた。 棚に視線を移すと、シスターと皆でとった色褪せた写真が飾られていた。これはいつ撮ったものだったろう。これからもこんな幸せが続くはずだった。
幸せそうな写真なのに、ちっとも笑えなかった。
部屋を後にした。
リンダは自室にきた。
棚に視線を移すと、シスターと皆でとった色褪せた写真が飾られていた。これはいつ撮ったものだったろう。幼いリンダの横には同じポーズをとるあの子が写っていた。結局、シスターとあの子と3人で花冠をつくる日は二度と訪れなかった。
写真たてを伏せて部屋をあとにした。
フロイドは物置小屋にきた。 このオルゴール、こんなところにあったのか。シスターが外から帰ってきたときにお土産といって皆にくれたものだ。随分昔のことだからもう音すら鳴らないかもしれない。
フロイドは散らかった物置小屋の更に奥に進んだ。
奥の方に以前使っていたはずの随分とくすんだ色のカーテンを見つけた。
何か、違和感を感じた。
そうだ、もう何年としまっていた筈なのに埃や塵などは見当たらない。つい最近まで誰かの手によって触られていたような。
乱雑に折り畳まれたカーテンを探ると、中からは表面に小花柄の付いたティーカップが出てきた。見覚えがある。これは以前シスターが愛用していたはずのティーカップだ。
よく自分達の目の前で、お気に入りだと言わんばかりに手入れしていたのを覚えている。
パタリとその存在が無くなった事を、どこかしら感じていた。
見なくなったのはいつからだっただろうか。
誰かが隠した?
いや、なんの為に。
小さな違和感ですら今は大きな手がかりとなるかもしれない。
そう思って、フロイドは物置小屋を後にした。
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