prologue

あなたの望むもの


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無知の無知、自分は何でも知っているからと驕り高ぶる人間がいたとして私はそれを幸福だと思う。
無知の知、私は自分が無知であることを自覚し学び続ける道を選んだけれど自分の首を絞めるだけだった。
例えばそう。目の前にあるこの紛れもない死を頭では理解して受け入れてしまっていること
、とか。

ロプツォルゴ学院は今は使われなくなった城に設立されている。敷地は広いが、幼い頃から学院に身を置く者たちにとっては庭のようなもの。
学年ごとにばらつきはあるが30名ほどが12クラス程あると考えると、生徒の数は多く彼らが一様に没個性的であれば学院での生活は平穏で退屈なものだっただろう。そうでないのもまた学院のいい所ではある。
多少やんちゃな生徒がいるのもご愛嬌だ。
学び舎がある古城から外に出る渡り廊下の先には、大聖堂が隣接されている。
外からの訪問者など滅多にいないため此処を使うのは専ら生徒たちだ。
信仰深い生徒たちは何かしら自分のルーティンに従ってこの大聖堂でお祈りを捧げるので常に一定の人数はこの大聖堂に集まっている。生徒全員が入っても余裕があるほど大きな大聖堂は正面に美しいステインドグラスが飾られ、その真下には我らが主の像が厳かに立っている。遥かに高い天井を見上げるだけで首が痛い、信仰心がないなんてことはないがそこは少し苦手だった。
ふと、生徒の数人がその大聖堂へと流れていくのが目についた。いくら信仰深い生徒が大聖堂へ毎日足を運ぶことがあっても、今日はやけにその人数が多い気がした。放課後といえどいつもの様子とは明らかに違う。それと、何やらガヤガヤと騒がしい気もする。中には、お祈りなんて普段はしないだろうという生徒の顔もちらほらとみえる。何か厄介事でもあるのかと、多少その顔に苦笑を浮かべながらも生徒代表の身であるキャロル・ベックが様子を見に行くことに躊躇することは無かった。
「何ともないといいけど、面倒ごとだけは勘弁だなぁ」


__________


渡り廊下を野次馬の如く集まった生徒をかき分けるように、なるべく早足で駆け歩く。
大聖堂には多くの生徒がいるようで、何やら大声で喚いている者もいる様子。この分だと小さないざこざが起こっているという訳でもないらしい。今日は書類を片付けなくてはならないので、なるべく早く生徒会室に戻りたかったのだが。
重厚なドアは既に誰か他の生徒に開けられているようだ。人混みをかき分け、そっと騒ぎの中心に目をやる。
「会長様、どうかお助けを!」
「あぁ、なんて言うことでしょう」
「早く誰か医務室へ人を!」
「神の怒りが下ったのね」
大聖堂に足を踏み入れると、ザワザワとした生徒達がキャロルの姿に気づいたようで口々にこの状況について話す。残念なことに相当混乱しているようで、その口から詳細な状況を把握することはできなかった。
「シスターが...........!!」

第1発見者は中等部の女子生徒。放課後はいつも1番に大聖堂に足を運ぶそうだ。日頃の習慣に従い当然の如く大聖堂へ向かったが、彼女はあろう事か、祈りを捧げる我らが主のその像の中心、十字架に磔にされるように眠っているシスターの死体を見つけたそう。
その胸の中心には輝く銀製のナイフが刺さっていたらしく、それが死因の原因であろう。
眠っていたというのも、息絶えたはずのその顔はあまりにも穏やかに微笑んでいたのだ。不自然な程に。
女子生徒の悲鳴の声を聞いて、すぐさま近くの生徒が集まったそうだが混乱する中誰かが他のシスターや司祭を呼ぶまでもなく。キャロルがその場にたどり着くまでは、第1発見者の悲鳴を聞き心配で駆けつけた生徒と多少の野次馬精神で集まった生徒がいたという訳だ。彼がその場にたどり着いた時は冷静にその騒ぎを収めたそうで、直ぐに他のシスターや司祭を呼び集め彼女の死体は真っ暗な暗幕に包まれた。シスターの死体については学院内での混乱を招くと予想されるので正式な知らせがあるまで口止めが行われていたが、間違いなくすぐにこの話は広がるだろう。実際、今日には新聞部の生徒によって面白可笑しく記事にされていた。
彼女の死体はその後、シスターと司祭によって弔われたそうだが詳細は伏せられている。大々的な葬儀は行われないようだ。
事の事件の詳細はこのようなものであった。
そう、説明するのは学院長を務める主席司祭様である。初老の枢機卿は白髪を撫で付け人当たりのいい笑顔を浮かべながら説明して下さった。呼び立てられた主席司祭様の部屋は、その地位に見合う見事なつくりで、ペルシャ絨毯が一面に引かれ司祭様が腰掛けた革張りの椅子と机が置かれている。四方を背の高い本棚に囲まているが、広い部屋のつくりになっているので圧迫感は全く感じなかった。
枢機卿が腰掛けている椅子の正面には広間のような空間がありそこには10数名の生徒がそれぞれ司祭様の話に耳を傾けている。
呼ばれたのは自分だけかと思っていたが、そうではないようだ。ぱっと見るに見知った顔もいるが学年や性別、編入時期もちがうので特に共通点も思い浮かばなく、呼ばれた理由も検討がつかない。
「さて、何故自分たちが呼ばれたか分からないという顔をしているね」
司祭様はそう言うが、何故この説明を自分たちが受けているのかこの場で分かるものはいるのだろうか。
きょとんとした顔を浮かべている僕たちの顔をみて司祭様は愛おしそうに笑いながら口を開いた。
「聖痕とは、神の愛し子の証である。その身に聖痕を宿す者は神に特別愛され、魂が潔白な証拠だ。もちろん、皆も知っているだろう。」
学院において、聖痕がある事は大変目覚しいことだ。古くから聖痕を持つ者は神の愛し子とされ重宝される。現在では信仰心の篤い者の間だけで、そんなものただの傷跡や痣に過ぎないなどと言う不敬な者も存在するが、事教会においてそれは縁起の良いものであった。それがあるだけでも、学院内では生徒や司祭、シスターから神聖視されるのだ。それが嫌で、わざと隠す生徒も中にはいるらしいので誰が聖痕を持っているかなんてのは割と分からないことが多い。
「そう、聖痕とは古くから尊ばれるべき眩いものなのです」
「私は誇りに思う。この学院にまさか14名もの聖痕者が集う日がくるとは。」
ニコリと優しく微笑む司祭様を片目にちらりとこの部屋に集められた人数を見れば丁度14名。話の内容からするにここに集められたのは学院に存在するたった14名の聖痕者なのだろう。
自分の他に13名もいたのかとしみじみと感じる、司祭様が言うとおり素晴らしいことなのだろう。14名もいるということを僕も初めて知ったのでそれを内緒にしていた生徒もいたとういうことか。
「そう不安がることは無い、ミスターキングストン。何も恐れることなどない簡単なことだよ。君たちには1つお願いがあるのです。」
心配になるほど顔を青ざめた僕の隣の彼に声をかけ、司祭様は目を細め笑う。
その目は僕達をじっと見つめていた。
「兼ねてより災いごとが起こった時、14名の聖痕者が現れ世を平定するのだとか。また真実に導くとか、そんな言い伝えがある。」
「古い言い伝えだよ、知らない者が殆どだろう」
「君たちにはこの事件の解決を要求したいのです。シスター殺害の犯人を君たちの力で見つけ出して欲しい。」
「あぁ、そんな顔をしないで欲しい。誉高き聖痕者たちよ、どうか我らをお救い下さい。これも何かのお告げだろうと我々司祭らで考えたのです」
「もちろん、褒美も授けよう。タダで協力して欲しいとは言わない。あなた方が事件を解決したならば望みをひとつ、何でも叶えることを約束しましょう」
そうつらつらと話す司祭様の目は終始三日月型に細められじっとこちらを見て逸らすことをしなかった。
それに対して二つ返事、とまでは行かないが面白そうだと嬉々とする者や、不安がる者、そもそも興味がないという者も、枢機卿の最後の言葉には心が動かされたようで多少のやる気を見せている様子。
何れにせよ、生徒会としてこの事件を放っておくわけにもいかなかったので解決するのに協力者が集まるというのは悪い話ではない。その上、褒美まででるというのだからむしろありがたい限りだ。
生徒会室の増築を願おうかな、とふかふかの椅子にかけた足を組み替える。
「話は以上になる、忙しいのに呼び立てて悪かったね。君たちには期待しているよ。事件解決にあたって協力できることはなるべくしよう。その旨も他の者にも伝えておくよ」
さぁ、と席を立つように促され退出を求められる。主席司祭様と話す機会は少ないが彼は割とせっかちだ。その分話も簡潔でなので嫌いじゃない。
腰掛けた椅子から立ち上がり、華美な絨毯を踏みつけドアまでを歩く。
「どうか彼らに神のお導きがあらんことを」
主席司祭様の部屋のドアは礼拝堂と同じ重厚なつくりで、ここから出ようと押した扉は酷く重かった。
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