episode13 君はクリサリス
そっと礼拝堂の扉をあけた。
何千年ぶりに光を浴びた気がした。あの時、地下室に足を踏み入れたのはもう既に太陽が沈みお星様たちがきらきらと挨拶を交わすような時間だったが。今にまた太陽が登りかけようとしている、時間にすれば3時、4時。そんな所だろうか。
真っ白な教会が朝特有の光に照らされはじめ黄金色を帯びている。それを美しいと感じる心さえ何処かにとんでいったようで何も感じることはなかった。
渡り廊下の小鳥たちがチュンと鳴いている。喧しいとすら可愛らしいとすら感じることも無い。
心ここに在らずとはこのことだろうか、5人ともその目からは光が消えていた。
「どう、したら……」
どうしたらいいのか分からなかった。
部屋に戻って眠れば、全部が悪夢で目が覚めたら皆で笑い合えるのかな。
それか、もう二度と覚めることのない眠りにつくのもいい。
死にたいと思う。
その勇気は、僕らにはなかった。
「ペルセイ、もういいよ。少し休みたいんだ……」
ペルセイの肩を借り、ここまで自身の足を引きずるようにして歩いてきたローワンが言った。その表情は酷く青白く、今にも倒れ込んでしまいそうだった。肩から溢れた血が服の上からでも分かるほどびっちょりと濡れている。
「ダメだ、はやく中に行って手当しないと……!その傷は……」
「………」
ペルセイが彼の目をみることはなかった。
彼の目を見れば、彼を止めることができないと思ったから。その意志の目を受け止めることはできないと思ったから。ずっと自分の靴の先を見つめていた。赤い何かがみえた。見えないふりをしたかった。
そこには恐怖が張り付いている。ただの恐怖が。
「………ペルセイ、もう大丈夫だぜ」
彼の声が酷く弱々しい。
きっともう、ペルセイが何を言ったところで彼の心は決まっていたんだろう。悔やむ心を抑えて、そっと彼の腰を地面に腰下ろしてやる。ありがとうと笑う彼は、肩で息をしていて脂汗を滲ませその姿がとても痛ましい。
紫髪の彼が言葉を口にすることなく黙ったまま彼を見つめていた。
「そんなに睨むなよ、フロイジョ。穴があいちまうぜ?」
こんな時でも取り繕ってニヒルに笑ってみせるローワンが嫌いだった。何時だって巫山戯た名前で呼んで。朝だって大声で俺の名前を呼ぶし、いい迷惑だったんだ。俺なんかに構って、底なしに明るいヤツが。イタズラに成功してニヤニヤと笑うその顔に腹が立って。
大嫌いだったんだ。本当に。
「きみはいつも、俺に迷惑ばかりかける。いつもいつも。俺は本当にきみのことが……!……君のことが」
その先の言葉が喉をつっかえて出てくることは無かった。恐る恐る彼の顔をみれば、一瞬だけ驚いたような表情を見せていたのにすぐにまたあの苛立つ笑顔を見せた。ありがとうって彼が言うから、また涙が目に浮かぶ。
その言葉を口にするってことが何を意味するのか分かったから。
「…………」
腰掛けるローワンの向かいにどんっと座ったのはリンダだった。
「リンダ……?」
彼女の体を支えていたアーノルドがまた、自分の手から離れていく感触を感じて思わず眉を歪める。
「……少し疲れたのよ」
地下室での出来事は、彼らに同様に大きな衝撃を与えた。それは頭痛を伴うような心の痛みで、ずっとその気持ち悪さが胸に残っている。そんな空気に当てられたのか、リンダは先程からずっと顔を俯いて一言も喋らなかった。
それもそのはずだった。
仲違いしたままだったセレーネの死は相当なショックを与えたのか、それとも悲惨なガルシェのあの姿か、双子の死を止めようとして失敗したところなのか、自分の行動でローワンに怪我を負わせたことか。その全てが彼女の心に重圧を与えていた。
ただそれは、リンダだけでは無かった。
フロイドや、アーノルド、ペルセイも同様に俯き酷く暗い顔をしている。
それでも今は、2人をこの渡り廊下に置き去ることにした。地下室でもそうだったのだ、ここでも変わらない。
その選択をしたのならば、自分たちにそれを止める権利がないのだ。私たちは赦しを与えられるような高尚な人間ではないのだから。悲惨な死は全て救いに繋がるかもしれないのだから。
「……顔でも洗いに行こう」
アーノルドが2人の背中を押し進む。
2人は黙ったままだった。
ずっとずっと黙ったまんまだった。
何を考えているのかその表情は案の定、暗くて。これ以上自分の手の内からこぼれ落ちていく幸せを再び救うのはきっともう無理なんだとどこかで分かっていた。
__________
「どうしてお前も残ったんだよ……」
自分の向かいでずっと膝にその顔を埋めたその少女にやっと言葉をかけることが出来たのは3人が居なくなってしばらくたってからだった。
「……どうして庇ったりしたの」
質問を質問で返すような少女だ。わがままで強気でいつだって自分に自信がある少女だ。
それなのに、今の彼女は……。
彼女の方を向くことなく、空が青いことを知る。
「……お前、死ぬのが怖いんだろ」
当たり。
ばっと顔を上げ、彼女がこちらを見つめる。どうしてって顔をしてその目にはきらきら光る雫が見える。
「自分が怖いから。ひとが死ぬのも怖いんだ。」
臆病な自分が嫌いだったんだ。銃を、銃声に怯える自分が嫌だったんだ。眠った後に夢を見るのが怖かったんだ。
「オレもだよ……」
でも、だから。
俺はさ、
お前だけは、
守ってやりたいって思ったんだ。
「気づいてたら、身体が動いてたんだよ。俺ってこう見えて善良な人間なん……だ……」
「…………」
「……リンダ」
ふと、隣を見れば顔をぐちゃぐちゃにして涙を流す彼女が目の前にいた。
「……わたし、わたしは本当は。できそこないで!わるいこで!だからあの人たちにみてもらえないのに……!わたし、なのに……」
まくし立てるように土砂降りの言葉を涙とともに吐き出していく。
「……私、だから完璧にならなくちゃ」
縋るような目で自分を見つめる彼女にかけてやる言葉が傷の痛みで朦朧とする自分には見つからなかった。
否、たとえ自分が正常な思考回路であっても彼女に言葉をかけることはできなかった。ただ、もう傷つく君を見たくないとおもった。自分の胸の痛みに気づいていたから。
「……………………」
「……ローワン、お願い」
「……わたし、楽になりたいの」
震える声で彼女が言った言葉に静かに頷いた。
___________
自分は美しくて、いつだって綺麗で。
そう言う私に彼はいつもナルシストだと嫌な顔をしていたわ。
ふざけて笑いあって、そんな時間が心地よくて。
不思議と心が休まるのを感じていたの。
彼といれば、ずっと満たされない何かが埋まるような気がしていたのに。
でも、私やっぱりずっとあの人たちの目が脳裏に焼き付いて離れなかった。ずっとずっと。思い返すのはあの目。あの目が恐ろしくて、自分を見て欲しくて。
いつしか、離れていった彼女の小さな手がもっと私を惨めにさせたの。こうやって、私の手から離れていくのは、きっとみんな私が悪いんだと思っていた。
いつだって、私が出来損ないのせいなんだ。
悪いのは、私。
それでも、平気で笑って見せたのはどこかで救いを求めていたの。ううん、そうしていれば私いつか愛されると思ってたのよ。
馬鹿よね。
大馬鹿者よね。
鏡を割ったことがある。
手鏡を地面に叩きつけて粉々にして、二度と自分の醜い容姿が映るなんてことがないように。何度も何度も割って、そうして割れた鏡の中にはもっと醜い化け物のような自分がいた。
恐ろしくて、恐ろしくて。
気持ち悪くて。
「……お願い。」
だから、私は彼の目を見て言った。
彼も私と同じで臆病者だと言ってくれた。
心地よかったのはそのせいかもしれない、ずっと似たもの同士だったから。
だから、私は彼にお願いをした。
これは私を救うための。勇気をくれたのは貴方だった。
それでも、自分勝手な願いなのは分かっていた。分かっていたのよ。
「私の顔を潰して……」
ガンッ
石が当たる。
ガツンガツンと何度も何度も。それが上下に何度も何度も。運動を続ける。鼻の骨が折れる。おでこにヒビが入る。耐えられないほどの激痛が走り声すら出ることがない。声にならない痛みはうめき声のように醜い音をだしている。
一瞬だけ見えた彼の顔は私の涙で歪んでよく見えない。最後に後悔したのはこれだけ、貴方の顔を見ていたかったこと。
痛みが酷くて、ただ私の顔が潰れていくのに安心する。
良かった。
本当によかった。
やっと。
私やっと開放される気がした。
痛い。
痛いな。
痛いよ。
でも、良かった。
私、彼に殺されるならそれがいい。ずっと醜い顔を失ってそれでも綺麗だよって彼なら笑ってくれる気がしたの。
だから、私ね……。
ねぇ、セレーネ。私たち口下手のは一緒ね。
ゴッと音がして私は最後に意識を手放した。
ありがとう、わたしの____。
next………
彼女は色欲。
外見だけを見繕って己に囚われないように
【公式cp】
ローワン×リンダ
そっと礼拝堂の扉をあけた。
何千年ぶりに光を浴びた気がした。あの時、地下室に足を踏み入れたのはもう既に太陽が沈みお星様たちがきらきらと挨拶を交わすような時間だったが。今にまた太陽が登りかけようとしている、時間にすれば3時、4時。そんな所だろうか。
真っ白な教会が朝特有の光に照らされはじめ黄金色を帯びている。それを美しいと感じる心さえ何処かにとんでいったようで何も感じることはなかった。
渡り廊下の小鳥たちがチュンと鳴いている。喧しいとすら可愛らしいとすら感じることも無い。
心ここに在らずとはこのことだろうか、5人ともその目からは光が消えていた。
「どう、したら……」
どうしたらいいのか分からなかった。
部屋に戻って眠れば、全部が悪夢で目が覚めたら皆で笑い合えるのかな。
それか、もう二度と覚めることのない眠りにつくのもいい。
死にたいと思う。
その勇気は、僕らにはなかった。
「ペルセイ、もういいよ。少し休みたいんだ……」
ペルセイの肩を借り、ここまで自身の足を引きずるようにして歩いてきたローワンが言った。その表情は酷く青白く、今にも倒れ込んでしまいそうだった。肩から溢れた血が服の上からでも分かるほどびっちょりと濡れている。
「ダメだ、はやく中に行って手当しないと……!その傷は……」
「………」
ペルセイが彼の目をみることはなかった。
彼の目を見れば、彼を止めることができないと思ったから。その意志の目を受け止めることはできないと思ったから。ずっと自分の靴の先を見つめていた。赤い何かがみえた。見えないふりをしたかった。
そこには恐怖が張り付いている。ただの恐怖が。
「………ペルセイ、もう大丈夫だぜ」
彼の声が酷く弱々しい。
きっともう、ペルセイが何を言ったところで彼の心は決まっていたんだろう。悔やむ心を抑えて、そっと彼の腰を地面に腰下ろしてやる。ありがとうと笑う彼は、肩で息をしていて脂汗を滲ませその姿がとても痛ましい。
紫髪の彼が言葉を口にすることなく黙ったまま彼を見つめていた。
「そんなに睨むなよ、フロイジョ。穴があいちまうぜ?」
こんな時でも取り繕ってニヒルに笑ってみせるローワンが嫌いだった。何時だって巫山戯た名前で呼んで。朝だって大声で俺の名前を呼ぶし、いい迷惑だったんだ。俺なんかに構って、底なしに明るいヤツが。イタズラに成功してニヤニヤと笑うその顔に腹が立って。
大嫌いだったんだ。本当に。
「きみはいつも、俺に迷惑ばかりかける。いつもいつも。俺は本当にきみのことが……!……君のことが」
その先の言葉が喉をつっかえて出てくることは無かった。恐る恐る彼の顔をみれば、一瞬だけ驚いたような表情を見せていたのにすぐにまたあの苛立つ笑顔を見せた。ありがとうって彼が言うから、また涙が目に浮かぶ。
その言葉を口にするってことが何を意味するのか分かったから。
「…………」
腰掛けるローワンの向かいにどんっと座ったのはリンダだった。
「リンダ……?」
彼女の体を支えていたアーノルドがまた、自分の手から離れていく感触を感じて思わず眉を歪める。
「……少し疲れたのよ」
地下室での出来事は、彼らに同様に大きな衝撃を与えた。それは頭痛を伴うような心の痛みで、ずっとその気持ち悪さが胸に残っている。そんな空気に当てられたのか、リンダは先程からずっと顔を俯いて一言も喋らなかった。
それもそのはずだった。
仲違いしたままだったセレーネの死は相当なショックを与えたのか、それとも悲惨なガルシェのあの姿か、双子の死を止めようとして失敗したところなのか、自分の行動でローワンに怪我を負わせたことか。その全てが彼女の心に重圧を与えていた。
ただそれは、リンダだけでは無かった。
フロイドや、アーノルド、ペルセイも同様に俯き酷く暗い顔をしている。
それでも今は、2人をこの渡り廊下に置き去ることにした。地下室でもそうだったのだ、ここでも変わらない。
その選択をしたのならば、自分たちにそれを止める権利がないのだ。私たちは赦しを与えられるような高尚な人間ではないのだから。悲惨な死は全て救いに繋がるかもしれないのだから。
「……顔でも洗いに行こう」
アーノルドが2人の背中を押し進む。
2人は黙ったままだった。
ずっとずっと黙ったまんまだった。
何を考えているのかその表情は案の定、暗くて。これ以上自分の手の内からこぼれ落ちていく幸せを再び救うのはきっともう無理なんだとどこかで分かっていた。
__________
「どうしてお前も残ったんだよ……」
自分の向かいでずっと膝にその顔を埋めたその少女にやっと言葉をかけることが出来たのは3人が居なくなってしばらくたってからだった。
「……どうして庇ったりしたの」
質問を質問で返すような少女だ。わがままで強気でいつだって自分に自信がある少女だ。
それなのに、今の彼女は……。
彼女の方を向くことなく、空が青いことを知る。
「……お前、死ぬのが怖いんだろ」
当たり。
ばっと顔を上げ、彼女がこちらを見つめる。どうしてって顔をしてその目にはきらきら光る雫が見える。
「自分が怖いから。ひとが死ぬのも怖いんだ。」
臆病な自分が嫌いだったんだ。銃を、銃声に怯える自分が嫌だったんだ。眠った後に夢を見るのが怖かったんだ。
「オレもだよ……」
でも、だから。
俺はさ、
お前だけは、
守ってやりたいって思ったんだ。
「気づいてたら、身体が動いてたんだよ。俺ってこう見えて善良な人間なん……だ……」
「…………」
「……リンダ」
ふと、隣を見れば顔をぐちゃぐちゃにして涙を流す彼女が目の前にいた。
「……わたし、わたしは本当は。できそこないで!わるいこで!だからあの人たちにみてもらえないのに……!わたし、なのに……」
まくし立てるように土砂降りの言葉を涙とともに吐き出していく。
「……私、だから完璧にならなくちゃ」
縋るような目で自分を見つめる彼女にかけてやる言葉が傷の痛みで朦朧とする自分には見つからなかった。
否、たとえ自分が正常な思考回路であっても彼女に言葉をかけることはできなかった。ただ、もう傷つく君を見たくないとおもった。自分の胸の痛みに気づいていたから。
「……………………」
「……ローワン、お願い」
「……わたし、楽になりたいの」
震える声で彼女が言った言葉に静かに頷いた。
___________
自分は美しくて、いつだって綺麗で。
そう言う私に彼はいつもナルシストだと嫌な顔をしていたわ。
ふざけて笑いあって、そんな時間が心地よくて。
不思議と心が休まるのを感じていたの。
彼といれば、ずっと満たされない何かが埋まるような気がしていたのに。
でも、私やっぱりずっとあの人たちの目が脳裏に焼き付いて離れなかった。ずっとずっと。思い返すのはあの目。あの目が恐ろしくて、自分を見て欲しくて。
いつしか、離れていった彼女の小さな手がもっと私を惨めにさせたの。こうやって、私の手から離れていくのは、きっとみんな私が悪いんだと思っていた。
いつだって、私が出来損ないのせいなんだ。
悪いのは、私。
それでも、平気で笑って見せたのはどこかで救いを求めていたの。ううん、そうしていれば私いつか愛されると思ってたのよ。
馬鹿よね。
大馬鹿者よね。
鏡を割ったことがある。
手鏡を地面に叩きつけて粉々にして、二度と自分の醜い容姿が映るなんてことがないように。何度も何度も割って、そうして割れた鏡の中にはもっと醜い化け物のような自分がいた。
恐ろしくて、恐ろしくて。
気持ち悪くて。
「……お願い。」
だから、私は彼の目を見て言った。
彼も私と同じで臆病者だと言ってくれた。
心地よかったのはそのせいかもしれない、ずっと似たもの同士だったから。
だから、私は彼にお願いをした。
これは私を救うための。勇気をくれたのは貴方だった。
それでも、自分勝手な願いなのは分かっていた。分かっていたのよ。
「私の顔を潰して……」
ガンッ
石が当たる。
ガツンガツンと何度も何度も。それが上下に何度も何度も。運動を続ける。鼻の骨が折れる。おでこにヒビが入る。耐えられないほどの激痛が走り声すら出ることがない。声にならない痛みはうめき声のように醜い音をだしている。
一瞬だけ見えた彼の顔は私の涙で歪んでよく見えない。最後に後悔したのはこれだけ、貴方の顔を見ていたかったこと。
痛みが酷くて、ただ私の顔が潰れていくのに安心する。
良かった。
本当によかった。
やっと。
私やっと開放される気がした。
痛い。
痛いな。
痛いよ。
でも、良かった。
私、彼に殺されるならそれがいい。ずっと醜い顔を失ってそれでも綺麗だよって彼なら笑ってくれる気がしたの。
だから、私ね……。
ねぇ、セレーネ。私たち口下手のは一緒ね。
ゴッと音がして私は最後に意識を手放した。
ありがとう、わたしの____。
next………
彼女は色欲。
外見だけを見繕って己に囚われないように
【公式cp】
ローワン×リンダ
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